哲学としての構造主義パトリス・マニグリエ『記号の謎めいた生』書評
2000年代以降のフランスにおいて、構造主義を読み直し、その射程を再評価しようとする動きがある。その中心人物の一人として、パトリス・マニグリエの名前が挙げられる。現在パリ・ナンテール大学で教鞭をとるマニグリエは、2002年にエチエンヌ・バリバールの指導の下、ソシュールについての博士論文を同大学に提出した。その後はソシュールのみならず、レヴィ=ストロースやフーコーをはじめとするさまざまな著者を扱いながら、構造主義を主題とする研究を一貫して行っている。個人の仕事に留まらずマニグリエは、自らが編集した『1960年代フランスにおける哲学の契機』[1]において、フランス現代思想を専門とする第一線の研究者を集結させることに成功している。また、今日最も重要な文化人類学者の一人と目されるヴィヴェイロス・デ・カストロとも関係が深く、デ・カストロに『食人の形而上学』[2]を書かせるきっかけを与えた人物でもある[3]。
一方、マニグリエの構造主義解釈それ自体については、日本ではまだあまり知られていないように思われる。本稿では、博士論文をもとにして書かれた、彼の仕事の出発点ともいえる『記号の謎めいた生』[4]を取り上げ、その内容について簡単な紹介を試みたい。
『記号の謎めいた生』は、序論と結論のほかに、全四部から成る著作である。序論および第一部でマニグリエは、ソシュールの議論のすべてが、言語および言語学に特有のある困難を軸に展開している、ということを繰り返し強調する。その困難とはすなわち、「いかなる観察可能なものも、言語活動という事実を認めることを可能にしない」[5]というものである。自然科学と違って言語学においては、対象が直接的に感覚可能な仕方で与えられることは決してない。例えば動物学において、それが対象とする動物の器官は、見て触ることが出来る仕方で、つまりは直接的に与えられるが、言語学が対象とする言語においてはそうはいかない。このことを別の角度から見るならば、言語をめぐる現象はすべて、精神の働きを前提としている、ということを意味している。ある音の連なりを前にして、それを言語として、すなわち意味あるものとして聴き取る(=諸々の単位に分解して区切る)という行為は、精神によってはじめて可能になる。「精神の働きの外部には、言語学的実在体は存在し得ない」[6]。精神の語は、本書を通じたキー・ワードとなっており、ソシュールが独自の精神の理論=哲学を提示しているというのが、マニグリエの一貫した主張となっている。
つづく第二部と第三部においてマニグリエは、ソシュールが提出した諸々の概念、すなわちラング、ランガージュ(言語活動)、パロール、記号(シニフィアンとシニフィエ)、価値や体系(システム)といった概念がすべて、上で指摘したような言語に特有の問題を解決し言語学を成り立たせるために、必然的に導入されたものだと主張することとなる。第二部では、ラング、ランガージュ、パロールが取り上げられ、三者の関係が「潜在的/現働的」の対を用いて理解される。すなわち言語活動の総体としてのランガージュは、その潜在的側面であるラングと、現働的側面であるパロールを併せ持つ[7]。ここで重要なのは、われわれが現に話すことが出来るという事実(=パロール)を可能にしているのは、それとしては我々に現前することのないラングという潜在的な次元である、という点にある。
それでは、ラングとはどのようなもので、いかなる性質を持っているのか。この問いに答えようとするのが、第三部と第四部である。第三部冒頭でマニグリエは、記号こそが「ラングにおける『具体的な実在体』」[8]だと述べる。記号は、音の連鎖の中である意味内容を持つものとして機能することによって、言語の分析という実践的な問題を解決することを可能にするものであり、言語学における「具体的な単位」だと言える。『一般言語学講義』においてソシュールは記号を、聴覚イメージとしてのシニフィアンと概念としてのシニフィエの結合として定義した[9]。一方、ソシュール自身がこの二つの側面を共に「心的」と形容していることを引き受けつつマニグリエは、記号を「精神の内でのなにか現実的なもの」、「精神の存在」と形容する。このことからさらに彼は記号が、「ある思考を伝えるための手段ではもはやなく、それ自体で思考である」と繰り返し述べるに至る。
こうした記号を定義するにあたって重要になるのが、価値および体系(システム)の概念である。よく知られているようにソシュールは、ラングを「純粋価値の体系」として定義した[10]。そこで重要なのは、ラングを構成する要素、すなわちあるひとつの記号の価値は、他の諸々の記号との関係によって決まる、という点にある。フランス語の moutonと英語の sheep が、それぞれの言語において異なる価値を持つ、というのはよく知られた例であろう。
それでは、ある記号の価値はどのようにして定まるのか。またそもそも記号は、どのようにして生まれるのか。こうした問いに答えるべく第三部の後半でマニグリエは、ソシュールにおける「差異(différence)」と「対立(opposition)」の区別について語る。実のところ両者の区別こそが、ソシュールの提示する価値の理論の中心にありながら、これまできちんと理解されてこなかった、とマニグリエは主張する。
マニグリエの議論の要点は、ある記号が生まれることと、その記号の価値が定まるのは、別の二つの契機による、というものである[11]。前者に関わるのが「差異」であり、後者に関わるのが「対立」である。まずは、記号が生まれる「差異」の契機について。最初に理解しなくてはならないのは、経験それ自体がまずもって与えるのが、差異ではなくて「変化(variation)」だということである。ここでマニグリエは、ベルクソンが『意識に直接与えられたものについての試論』で展開した強度概念の批判に言及する。同書の第1章でベルクソンが示した通り、歯を抜かれる痛みと、一本の髪の毛を抜かれる痛みとを比べて、前者が後者に比べて「より大きい」と形容することは、実のところ出来ない。なぜならあらゆる経験は純粋に質的なものであって、それを量として語ることは間違いだからである。経験において与えられているのは、質的な変化のみであって、そこには階層や対照は存在しない。
では、変化からどのようにして階層や対照、すなわち「差異」が生まれるのか。マニグリエによればそれは、ある平面における変化が、それとは異なる別の平面における変化と関係づけられた時、である。再びベルクソンに戻るならば、本来は質であるはずの苦痛を、量として捉えてしまう(歯を抜かれる痛みの方がより大きいと述べる)のは我々が、「ある苦しみの強度を、まさにこの苦しみと係ろうとする有機体の部分の大小によって評価する」[12]からである。ここでも起きているのは、異なる平面における「変化」同士が、互いに関係づけ合うことだと言える。記号の生成に関わっているのも、このメカニズムに他ならない。シニフィアンすなわち音の平面と、シニフィエすなわち概念の平面、この両者の「変化」が合わさることによってはじめて、言語学的実在体としての記号が生まれる。「事実ソシュールは、シニフィアンとシニフィエの諸々の差異が与えられているとは、決して述べていない。彼が述べているのは、それらの差異を結び付けることによってこそ、言語学的実在体が作り出される、ということである」[13]。
記号、すなわち項が生成してはじめて、「対立」が生じる。諸々の項が与えられていなくては、それらの項の間の対立は起こり得ないからである。項としての諸々の記号が相互に対立し合うことによって記号が「再規定」され、それによって記号の価値が決まる。対立を通じた記号の価値の規定は、記号の生成としての差異の契機に対して、いわば二次的に働くものである。「対立と差異はしたがって、ラングの諸々の項が互いに関係し合い体系を成すところの、二つのやり方である」[14]。
さて、マニグリエは記号について、「その本質が変化することにある」[15]と強調する。したがって、記号をその構成要素とするラングについても、同じことが言える。第四部では、ラングの変化についての示唆的な例として、ラテン語とフランス語の関係が持ち出される。これについてソシュール自身、次のように述べている。「フランス語はラテン語からやって来たのではなく、ラテン語はフランス語である。すなわちフランス語とは、ある特定の時代で、あれこれの地理的に限定された境界のうちで話されていたラテン語なのである」[16]。ここでソシュールが述べているのは、ラテン語が話されていくうちに、段々とそれが訛って出来ていったのがフランス語である、という言語学的な事実である[17]。このことを指してマニグリエは次のように述べる。「『ある言語』を話すことによってひとは、『それとは異なる別の言語』を話すようになった」[18]。現働的な側面であるパロールの行使を通じて、ラングという潜在的な次元が変化していく―この事実が示しているのは、言語がその現われであるところの精神が、一定不変の本質を保ち続けるものでは決してなく、むしろその本性は変化することにあって、別の形で組織化され続ける運命にある、ということに他ならない。ここに我々はソシュールとともに、新たな精神の哲学の誕生を垣間見ることが出来るのである。
「構造主義の精神」と題された結論では、これまでの議論を踏まえつつ、言語学から文化的な現象を扱う諸科学一般へと領域を拡張させながら、構造主義を定義することが試みられる。マニグリエによれば、構造主義を科学的な方法として定義することは、実のところ出来ない。それぞれの構造主義者によって用いられている方法を仔細に観察すれば、その共通点を見つけだすことはほとんど困難だからである。他方構造主義は、「ある共通の問題、すなわち意味をもった諸現象を扱う科学の問題」[19]を共有している。言語をはじめとして、儀礼や婚姻、神話という意味をもった諸現象においては、その対象が未規定である、すなわち分析を始めるための単位が予め与えられていない、という問題が共通して存在する。この共通の問題によってこそ構造主義が定義されるというのが、マニグリエの最終的な主張となる。
これまで、『記号の謎めいた生』の議論を駆け足で見てきた。一方、ソシュールの哲学的解釈としては、フランスにおけるジャン=クロード・ミルネール[20]、日本における丸山圭三郎[21]など、既に多くの研究が存在する。その中でマニグリエの解釈の独自性は、いったいどこにあると言えるのか。ここで詳細な比較検討をする余裕はないが、我々としてはマニグリエが、哲学としての構造主義を新たな仕方で示すことに成功した、と述べることとしたい。『記号の謎めいた生』を通じてマニグリエは、言語学者としてソシュールが、自らの学問の対象である言語という事実に向き合い、あくまでもその問題を解決する過程で必然的に新たな哲学の構築に至った、ということを示した。結論で彼は、次のように述べている。「構造主義の哲学的次元は、哲学的な解釈に由来するものではない。構造主義において哲学は、構造分析、すなわちその概念と根本的な振る舞いの分析、およびその対象の規定を明らかにするための条件として、現にそこに存在している」[22]。さらにマニグリエは、こうしてソシュールから取り出した哲学を「記号の存在論」と名付けつつ、1960年代のフランス現代思想との関係を新たに強調することとなる。マニグリエの著作を通じて我々は、哲学と構造主義、より広くは社会科学との関係について、新たに思考する糸口を得ることが出来るだろう。
Notes
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[1]
Patrice Maniglier (dir.), Le Moment philosophique des années 1960 en France, Paris, PUF, 2011.
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[2]
Eduardo Viveiros De Castro, Métaphysiques cannibales. Lignes d’anthropologie post-structurale, Paris, PUF, 2009 (エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ『食人の形而上学』檜垣立哉・山崎吾郎訳、洛北出版、2015年).
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[3]
マニグリエのデ・カストロ論が、以下の形で日本語に翻訳されている。Cf. パトリス・マニグリエ「デュオニュソス的人類学者――エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロについて――」小川歩人・平田公威訳、『思想』第1124号、2017年、15-35ページ。
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[4]
Patrice Maniglier, La Vie énigmatique des signes. Saussure et la naissance du structuralisme, Paris, Éditions Léo Scheer, 2006.
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[5]
Ibid., p. 24.
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[6]
Ibid., p. 64.
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[7]
Ibid., p. 208.
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[8]
Ibid., p. 229.
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[9]
Ferdinand de Saussure, Cours de linguistique générale, édition critique préparée par Tullio de Mauro, Paris, Payot, 1972, p. 97-100(フェルディナン・ド・ソシュール『一般言語学講義』小林英夫訳、岩波書店、1972年、95-97ページ).
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[10]
Ibid., p. 155-169(同書、157-171ページ).
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[11]
この点については、以下の論文もあわせて参照されたい。Cf. Patrice Maniglier, « L’ontologie du négatif. Dans la langue n’y a-t-il vraiment que des différences ? », Methodos, Savoirs et Textes, n° 7, 2007.
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[12]
アンリ・ベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論――時間と自由』合田正人・平井靖史訳、ちくま学芸文庫、2002年、47ページ。
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[13]
Patrice Maniglier, La Vie énigmatique des signes. Saussure et la naissance du structuralisme, op. cit., p. 302.
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[14]
Ibid., p. 315.
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[15]
Ibid., p. 369.
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[16]
Ferdinand de Saussure, Écrits de linguistique générale, Paris, Gallimard, 2002, p. 153.
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[17]
Bernard Cerquiglini, La naissance du français, Paris, PUF, 1991, p. 25.
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[18]
Patrice Maniglier, La Vie énigmatique des signes. Saussure et la naissance du structuralisme, op. cit., p. 386.
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[19]
Ibid., p. 452-453.
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[20]
Jean-Claude Milner, Le périple structural. Figures et paradigme, Paris, Éditions du Seuil, 2002.
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[21]
丸山圭三郎『ソシュールの思想』岩波書店、1981年。
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[22]
Patrice Maniglier, La Vie énigmatique des signes. Saussure et la naissance du structuralisme, op. cit., p. 461.
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長谷川 朋太郎「哲学としての構造主義——パトリス・マニグリエ『記号の謎めいた生』書評」 『Résonances』第12号、2021年、45-49ページ、URL : https://resonances.jp/12/le-structuralisme-en-tant-que-philosophie/。(2024年11月21日閲覧)