Résonances

東京大学大学院総合文化研究科フランス語系
オンラインジャーナル
Résonances 第12号 | 2021年10月発行
論文

現象学、存在論、弁証法初期デリダにおける「哲学」について

はじめに

ジャック・デリダは、フッサール現象学の研究からその哲学的キャリアを開始した。彼は1954年に、現在の修士論文にあたる論文として『フッサール哲学における発生の問題』[1]を執筆する(公刊は1990年)。ついで1962年に、フッサール晩年の草稿である「幾何学の起源」を翻訳し、序論を付して刊行する。そして1967年には『声と現象』を著す。いわゆるデリダの「前期思想」が明確な形で確立されるのは、この1967年頃であると考えられる。『声と現象』はフッサール現象学の「現前の形而上学」としての側面を強調し、その「脱構築」を明示的な仕方で試みている。

本稿は、デリダの最初期のテクストである『発生の問題』を取り上げる。脱構築という戦略が確立される以前に書かれたこのテクストにおいて、著者はフッサールを読み解くことを通して自らの哲学を練り上げようとしている。ここで明らかにしたいのは、この若きデリダの「哲学」についてである。『発生の問題』においては、存在論と現象学の終わりなき「弁証法」として哲学が思考されるのだが、われわれはまずはこの哲学構想を内在的に検討する。しかし同時に、その構想がやがて「哲学の脱構築」へと姿を変えることとなるという事実を無視する訳にもいかない。『発生の問題』には、後にデリダが発展させる多くのテーマがすでに認められるが、文体や「語調(ton)」などの面では後年のテクストとは大きく異なっている。本稿は『発生の問題』において提示される哲学を検討しつつ、なぜその哲学は断念されたのか、なぜデリダは哲学の脱構築へと向かうこととなったのかという問いについても考えたい[2]

1.初期デリダにおける「弁証法」の概念

『発生の問題』は、方法論的問いが論じられる「序論」、フッサールのテクストを年代順に読解していく四部構成の「本論」、そして1990年に同書が刊行された際に付された「はじめに」からなる。デリダ自身の言葉によれば、このテクストにおける注目すべきテーマとしては、「錯綜(complication)」があげられる。錯綜という観念は、あらゆる要素はつねにすでに他の要素との関係のうちにあり、それ自体で独立して存在することはできないという事態を指す。このような錯綜関係がそれぞれの要素に先立つという意味で、それは「起源的」錯綜である。起源的錯綜は、単一な起源という観念、充溢した現前という観念を問いに付すこととなるだろう。「問題になっているのはつねに、いかなる分析も[…]構成要素の瞬間的で自己同一的な点的性質に還元することのできない、起源の起源的錯綜であり」、このような錯綜は、その後「私[デリダ]が明らかにしようと試みたすべてのことを、その定式化の一字一句に至るまで統制し続けることになる」(PG, VI-VII/viii)とされる。

『発生の問題』は様々な二項対立を取り上げ、その一項が自らとは区別されるべきもう一つの項と連繋しそれに依存しているということを明らかにしようとするのだが、デリダは同書においてそのような錯綜を弁証法と名指す[3]。創造と伝統という例を考えてみるならば、創造は伝統との断絶を必要とする。しかし、伝統との一切の関係がなければ、創造は把握不可能な奇跡となるだろう。創造は伝統との関係においてのみ創造的たりうる。創造と伝統は対立し、区別されなければならないにもかかわらず、互いに規定しあっており、分離されることができない。弁証法、あるいは弁証法的錯綜などと『発生の問題』で呼ばれるのは、以上のような事態である。付言するならば、錯綜関係があらゆる個々の要素に先立つゆえに、弁証法は「起源的弁証法」である。また、この二項対立、緊張関係は決して解消されず、止揚や同一化へと至ることがないため、「無際限」なものとなる。ここで弁証法は「無限な弁証法」であり、止揚なき弁証法などと呼ぶこともできるかもしれない。

デリダは、自らが用いる弁証法は、プラトン主義のそれとも、ヘーゲル主義のそれとも異なるとする。確かに、伝統的な弁証法概念もまた、形相と質料などの様々な二項対立の緊張関係を思考してきた。しかしそれらの弁証法は、その二項対立を前提とし、起源への問いを欠いているという意味で「内世界的」であるとされる。デリダは弁証法的錯綜の起源へと遡ろうとするのだが、そのためにはフッサール現象学を出発点とすることが必要であるという。「明示的にフッサールにおいてではないとしても、フッサールを起点としてのみ、弁証法という巨大な主題は[…]基礎づけられ、真正なものとされ、成就されることができる」(PG, 7/7)。デリダの考えでは、現象学は超越論的な起源の問いを徹底しつつも、体験や発生への準拠を維持し続ける点において、弁証法的緊張関係に貫かれており、現象学においてこそ弁証法が超越論的、起源的なものであることが明らかになる。

デリダはフッサールの思想を次のように特徴づける。

フッサール思想とはつまり、絶対的始まりへの要請と、究極的な哲学的準拠としての体験の時間性とを同時に主題化する哲学であり、哲学に対して新たな学問的厳密さを要求するのと同時に、その厳密さを具体的体験の純粋さへと送り返す哲学であり、絶対的主観性を心理学や歴史学など構成された学問から引き離した後で、歴史哲学の基礎を築こうと[…]試みる哲学なのである(PG, 3-4/4)。

フッサールは、「厳密な学」としての哲学の出発点たる「絶対的起源」を追及し、絶対的真理の体系たる普遍学を哲学の理念として掲げた。しかし同時に彼は、真理は単に抽象的なものではなく、具体的で時間的な──つまり歴史的な──主体の体験に基づかなければならないとも主張する。このように「哲学」と「歴史」を同時に追い求めることにより、現象学の道のりは不安定なものとなり、弁証法的性格を帯びることとなる。確かにフッサールは、そのような弁証法を引き受けることはなく、弁証法という語自体に対しても否定的であった。彼は、非弁証法的な起源を目指し続けたのだともいえる。しかしデリダによれば、フッサールは絶対的な起源を追求したがゆえに、つまり現象学的意味での超越論的探求を徹底したがゆえに、哲学と歴史の還元不可能な弁証法的錯綜を浮かび上がらせ、純粋な起源など存在しないということ、起源はすでに弁証法的であるということを図らずも明るみに出したのだとされる。「起源の抹消」を語るためには、まず徹底して起源を探求しなければならない。デリダにとっての弁証法は、「その語のフッサール的な意味で、厳密に超越論的である」(PG, 6/6)。デリダの「弁証法哲学」が「フッサールに忠実であり続ける」のは、それが「起源的絶対者を参照する」(PG, 6/7)ものであるからだ。フッサールが意図せずして明るみに出した弁証法を明示的に主題化し、引き受けること、これが『発生の問題』の主な狙いである。

哲学と歴史の関係について少し敷衍しておこう。デリダは、フッサールにおいては哲学と歴史が緊張関係にあることを強調する。フッサールは哲学を「厳密な学」として考えた。彼にとって、哲学は諸学を統一するような「普遍的な学問」を目指すもの、「絶対的な真理の体系」を追求するものである──たとえ、その理念が事実上は到達不可能であったとしても。このような普遍学を目指すためには、デカルト的な動機に立ち返り、「究極的な無前提性」から出発する必要がある。哲学とは起源的な学問であり、「絶対的に理性的な基礎づけによって諸学を普遍的に統一する」ものでなければならない[4]

これに対して歴史とは、絶対的な真理、哲学の純然たる自律性を否定するものであると考えうる。なぜなら、歴史は「一切の認識や哲学的意図がその歴史的位置の実在性に依存しているという事実を含意している」(PG, 2/3)からだ。哲学的観念の歴史的事実への依存を指摘するいわゆる「歴史主義」は、最終的には絶対的な客観性を否定する相対主義となる。このような歴史と真理の対立は、「時間」においても繰り返されるだろう。真理を絶対的な客観性と規定するならば、それは時間において変化しないということを含意しており、超時間的であるか、あるいは汎時間的であるということになる。真理は時間における変化を免れるという意味において、「時間と真理はアプリオリに排斥しあう」(PG, 53/56)[5]

フッサールは「厳密な学」として哲学を探求しており、彼自身そのような「夢」を「見果てる」ことはなかった(Hua VI, 508)[6]。しかし、そこで目指される理念性、絶対的な客観性は、それを経験する具体的な体験から切り離されたものであってはならない、すなわち「叡智的天空に住まう」ものであってはならない。さもなければ、今度は歴史主義の反対、真理を基礎づけることのできない硬直した論理学主義へと陥ることとなるだろう。フッサールは、客観性は自律的なものであり経験的事実から独立していると主張しつつ、それが主体によって「構成される」ことを論証しなければならない。フッサールは心理学主義と論理学主義の対立を乗り越えることを試みる。しかしデリダは、この対立は形を変えつつフッサールのテクストに残り続けると考える。そして、現象学の内的な緊張、両義的性格の原因を「発生」という主題に認める。発生とは、「フッサールの思想の本質的動機であると同時に、ジレンマの契機でもある」(PG, 35/41)。デリダにとって重要なのは、二項対立を乗り越えて解消することではなく、二項の弁証法的錯綜を明示的に主題化し、その還元不可能性を認めることであるといえよう[7]

2.現象学における「発生」の問題とデリダによるその解釈

では、「発生」という概念は現象学においてどのような意味を持っており、デリダはそれをどう解釈したのだろうか。一般にフッサール現象学は、1910年代までの「静態的現象学」期と、1920年代以降の「発生的現象学」期に区別される。発生という語が述語的に用いられるのは、主に発生的現象学においてである。これに対してデリダは、発生という概念を、現象学のあらゆる段階において重要な役割を果たすものとみなす。本節では、まず現象学における発生の問題を概観し、ついでデリダによるその解釈を見ていく[8]

フッサールの最初の著作である『算術の哲学』(1891)は、数の概念の起源──発生──を心理学的立場から探求する試みであり、フッサールは数えるといった行為にその起源を見出す。しかしこの場合、数や計算は事実的行為に依拠することとなるため、その理念的客観性は不可能となり心理学主義が帰結する恐れがある。フッサールは『論理学研究』第一巻(1900)において、自身の過去の心理学主義的傾向について批判を行う。「事実的レアールなもの」と「理念的イデアールなもの」は峻別されねばならず、論理学の理念的法則は、事実的行為によって基礎づけられることはできない。しかし、論理法則は理念的であるとはいえ、主体と切り離されたものであってもならず、論理法則と主体、意識との関係を新たに思考する必要がある。『論理学研究』の第二巻(1901)においては、志向性という概念の深化により、志向される対象と意識体験が区別されつつ、両者の関係が分析される。さらに『イデーンI』(1913)においては、現象学的還元により純粋意識という領野を切り開かれる。超越的対象を構成する純粋意識は超越論的なものであり、意識による対象の構成が論じられることとなる。

『イデーンI』において主に論じられるのは、意識の能動的作用による意味の形成という問題である。感覚与件たるヒュレーをノエシス的契機によって生化することにより、ノエマ的意味が構成される。この「ヒュレー・ノエシス・ノエマ」という図式では、純粋意識は世界を意味として構成するものとして「絶対的起源」となる。そして、自然的態度における超越的な存在者についての存在定立を括弧に入れ、存在者を意識にとっての存在とみなす点において、現象学は超越論的「観念論」である。意識による意味の能動的構成は、それ以上遡ることのできない起源的な作用にも思える。しかし、1920年代以降のテクストにおいては、そのような能動的構成に先立つ受動的次元が積極的に論じられるようになる。過去の能動的作用の成果の沈殿としての習慣の問題、ヒュレーが意識の能動性に対して現れるための受動的総合の問題、また自我自身の構成の問題などである。『イデーンI』では、時間性の問題などは先送りされていたのだが──前期フッサールの立場は「無歴史的アプリオリズム」とも呼ばれた──、意識が時間的なものである以上、意識自身の構成も問われなければならない。論理法則など理念的客観性の構成についていえば、『経験と判断』などの議論では、客観性など高次の対象の構成は、前述定性の領域たる「生活世界」を基盤にしているとされる。さらに、高度な理念化は単独の自我だけではなされえず、間主観的共同体、その歴史的蓄積が必要となる。『危機』書などでは、歴史の問題が扱われるに至る。

このように、フッサールは主に1920年代以降、意識の能動的作用に先行する受動的発生の問題を探求する。発生という概念に最低限の定義を与えるならば、時間的前後関係のなかで何かが現れることといった程度になるだろうか。フッサールは、発生のアプリオリな法則の解明を目指す。『イデーンI』などにおける「静態的分析」が意識の構造の「博物学的な記述」という装いを呈するのに対して、「発生的分析」はそのような構造の発生的起源へと遡行する。しかし、静態的現象学から発生的現象学への単純な転換があるわけではない。静態的分析はつねに発生的分析により前提とされており、その手引きとなるのである。

さて、ではデリダは現象学における発生の問いをどのように解釈したのであろうか。上述のように、彼は発生の問題がフッサール現象学において一貫して重要な役割を果たしていると主張する。デリダは、すでに『算術の哲学』のなかに発生論的描写が認められるとするのだが、そこで問題となっていたのは「経験論的発生」に過ぎず、それはやがて心理学的問題として現象学の領域から排除される。しかし、自我が時間的に構成されるものである以上、発生の概念は「超越論的還元によって設けられた中立的領野の内側に再導入される」(PG, 38/43)。この発生は経験論的ではなく、「超越論的発生」でなければならない。現象学が論理学主義に陥らないためには発生の問題を無視することはできないが、それは心理学的な仕方ではなく、超越論的な仕方で問われる必要があるということだ。

デリダによるならば、発生の概念は「能動性」と「受動性」、あるいは「構成するもの」と「構成されたもの」の弁証法を浮き彫りにする。静態的分析においては、意味を能動的に構成する純粋意識こそが、起源的な領域として提示された。しかし発生的分析により、そのような能動性は受動的発生によって可能となることが明らかとなる。これはつまり、受動的なもの、「そのものとしては『自我』の能動性によって根源的に意味を与えられたのではない諸審級」(PG, 38/44)が、実は根源的な役割を果たしているということだとデリダは考える。彼によれば、受動性というテーマにより、単に自我内部の非顕在的領域だけではなく、自我にとってつねにすでに存在するもの──他者、世界、自然的時間など──も問題になるという。自我が時間において発生するということは、その発生に先立ってすでにあるものが、自我に基盤を提供しているということだともいえる。「発生論的生成は、もはやその意味自体がある超越論的主体の能動性によって構成されているのでなく、それが『自我』自体を構成している」(PG, 179/178)。このようにデリダは、発生という問題が、能動性と受動性、構成するものと構成されるものの弁証法的錯綜を明らかにすると主張する。意味を付与するものとしての意識に特権を与える現象学の観念論は、それに時間的に先立つもの、「存在論的なもの」によって複雑化されるのではないだろうか。

しかしデリダの考えでは、フッサールは発生のテーマから以上のような帰結を引き出すことはせず、能動性や構成するものの優位性、現象学の観念論的性格を維持し続けたとされる。確かに発生の問題により、能動的構成の基盤となる受動的総合が問題とされる。自我が能動的に意味を付与したのではないものが、その能動性を可能にしているという構造が見出される。だが、デリダの解釈によれば、フッサールは受動性を起源的なものとみなすことはなく、むしろ超越論的な能動性の範囲を歴史一般にまで拡大することにより、受動性を能動性に従わせようとしたのだとされる。自我に先立つ受動的発生は、自我自身が意味を与えたものではないが、歴史の理念という「超時間的あるいは汎時間的な超主観的能動性」(PG, 248/247)によってすでに意味を与えられていたとされ、受動性が能動性の基盤となるという事態が回避される。これはつまり、フッサールは自我の権能が及ばない歴史的事象──ある意味ではそれが自我に基盤を与えている──も、目的論的歴史の中ですでに意味を与えられていたと考えたということである。フッサールが晩年のテクストにおいて歴史の問題を扱ったのは、以上のような理由からだとデリダは解釈する。

受動的発生は、われわれに無限後退を強いるがゆえに、自我論的能動性に同化しえないように思われる。そうであるならば、超越論的なものを歴史一般の規模にまで拡大することで受動的発生を再び征服するように試み、受動的発生それ自体に、自我のみではそれに付与することのできなかった志向的意味を、目的論的理念によって改めて与えることが必要となるのではないだろうか(PG 240-241/239)。

フッサールは目的論的な歴史哲学によって、意味を与える能動性の優位──観念論──を救おうとしたのだとされる。「結局、フッサールは根底的に観念論的かつ合理主義的な意図につねに忠実であった」(PG, 217/216)。しかし、そのような目的論的理念自体は具体的直観に与えられることはなく、先取りされるに留まるだろう。このことは、体験への準拠という現象学の原則に抵触する恐れがある。つまり、目的論的理念は「現象学を裏切りながら救っているのだ」(PG, 247/246)[9]

デリダの解釈によれば、発生のテーマは、現象学的能動性の受動性への依拠、構成するものの構成されるものへの依拠を示すことにより、現象学に弁証法的動揺を強いることとなる。しかしフッサールは、超越論的なもの、能動的なものの領域を歴史一般にまで拡張することにより、あくまで能動的なもの、構成するものの優位性を守ろうとし、弁証法が起源的であるとは認めようとしなかった。あるいは、彼は非弁証法的で純粋な起源という夢を抱き続けたのだということもできるかもしれない──おそらくはその夢が、現実とはなりえないことを知りつつ[10]

3. 現象学と存在論の無限な弁証法、哲学と無際限性

ここまで見てきたように、デリダは発生という問題が観念論としての現象学を危機にさらすと考える。発生により、超越論的主体は自ら以外のもののなかに基盤を持つということが示されるからである──「一切の発生的所産はそれ自身以外のものによって生産される」(PG, 7/8)。たとえば他者、世界、自然的時間などは、現象学的な意味で構成するものではないだろうが、それなしには主体は不可能という意味において、主体にある種の「存在論的」あるいは「実存的」な基盤を与えているといえるのではないだろうか。事実的存在は被構成的なものであるが、「構成するものの被構成的なものへの存在論的依存」[11]について考えることができる。『発生の問題』においては、「存在(être)」、「存在論(ontologie)」、「実存(existence)」などの語によって、事実的なものが指示されている[12]。発生の問題は、この節で見るように、現象学と存在論の弁証法というテーゼにデリダを導くだろう。

まず、デリダが提示する、「起源的なもの(l’originaire)」と「始原的なもの(le primitif)」の弁証法という考えを検討しよう。『発生の問題』においては、「始原的」という語により、時間の順序クロノロジックにおいて先行することが指示される。これに対して「起源的」という語には、哲学的な権利上の、論理の上での先行性という意味が与えられる。さて、現象学的還元は、自然的態度にある主体にとっては無動機的なものだと語られていた。現象学的態度のみが現象学的還元の価値を理解することができるからである。この意味で、還元は現象学にとって絶対的な始まり、起源的なものであり、そこから哲学は始まる。しかし同時に、還元は世界がすでにそこにあることを前提としており、時間の順序においては自然的態度に後続する。世界と自然的態度は還元より「始原的」である。

[…]超越論的還元は、現実に「すでにそこに」あった、そしてなおもあり続ける何か「の」還元である。一方で、超越論的意識に先立つ世界の実存を括弧に入れなければならない。しかし他方では、この還元において、少なくとも時間の順序としてはつねに現象学的態度に先行するように見える素朴な態度を転向させねばならない(この先行性と時間的順序の意味が、[…]発生についてのわれわれの問題系の全体を規定するだろう)(PG, 19/22)。

実在する世界や自然的態度は、現象学的起源を可能にする現象学的還元に、時間的に先立って存在している。いうまでもなく、フッサールは自然的態度の時間的先行性を否定したのではなく、自然的態度の意味は現象学的態度から出発してのみ理解可能であると主張したに過ぎない。実際、「フッサールは、[哲学の出発点としての]根本的自覚がつねに『後にくるもの』(die nachkommende philosophische Besinnung)であることを認めていた」(PG, 204/202)。しかしデリダは、自然的態度や世界が時間的に先行することの意味を、フッサールは十分に思考していないのではないかと問う。フッサールにとって、自然的態度や世界は超越論的主体に対して派生的であり、被構成的なものに過ぎず、それらの先行性は、現象学にとって事実問題に過ぎないようにも見える。これに対してデリダは、そのような事実が本質的な意味を持つと考える。自然的態度の始原性は還元不可能であり、そこからしか現象学的還元は現れえない。そうであるならば、「[現象学において]つねに被構成的と思われてきたすべてのもの──自然的態度とそれに対応したすべてのもの[…]──に、構成するものとしての価値を認めなければならない」(PG, 166/167-168)のではないだろうか。自然的態度、事実性、世界などが「構成的」であると言われるとすれば、それはもはや現象学的な意味においてではなく、「存在論的」な意味においてであろう。

しかしながら、「始原性が始原性として『現れるのは』起源的構成によってのみである」(PG, 13/14)という事態を見落としてもならない。さもなければ、心理学主義へと逆戻りする危険がある。始原的なものの始原性について正当な仕方で語るためには、起源的なものから、つまりは現象学から出発する必要がある。始原的なものは起源的なものに時間的に先行し、それに基盤を与えているのだが、起源的なものから出発しなければそのことを正当に語ることはできない。このように、起源的なものと始原的なものが区別されつつも、相互に必要としあう事態、これをデリダは、「始原的なものと起源的なものの間の謎めいた本源的な弁証法」(PG, 20/23)と呼ぶ。

われわれは『発生の問題』において、多くの二項対立に遭遇する──起源性と始原性、現象学と存在論、意味と存在などである。これらの二項対立がいずれも弁証法的に錯綜しているということ、これが同書における一貫した主張である。「すべては錯綜から始まりうる」(PG, 12/14)のであり、「絶対的に単純な起源的なものの不可能性」(PG, 30/35)が主張される。このような弁証法を還元不可能なものとするもっとも根底的な審級として、デリダは「時間」をあげる。彼によれば、時間そのものが弁証法的であること、そして存在と時間が根源的な仕方で弁証法的関係にあること──「存在と時間の起源的で弁証法的総合」(PG, 40/45)──これらが他のあらゆる弁証法の根底にある。

フッサールの時間意識についての分析、とりわけ過去把持についての分析が示唆するように、時間において「今」は相互に関係しあっている。諸々の「今」は「還元不可能な他性」(PG, 29/35)によって隔てられていると同時に、根源的に関係づけられているという意味において、すぐれて弁証法的である。「起源的で構成的な現在は、『非‐現在』との連続性においてしか、絶対的ではない」(PG, 123/122)。あらゆる「今」が相互関係の中でしか存在しえない以上、時間においてそれ自体で独立した純粋な要素はありえず、非弁証法的起源というものは存在しえない。デリダは、「時間のこの起源的弁証法こそがあらゆる総合の基礎をなす」(PG, 9/292)と考える。なぜならば、時間というものは「存在」と不可分かつ弁証法的に一体化しており、「時間の自己構成こそが他の一切の構造にとっての最終基盤となる」(PG, 163/163)からだ。これはつまり、時間を免れる存在はありえないということ、そして時間から存在を切り離すことはできないということを意味する。時間の本質は、時間が流れるという「事実」と切り離されることができず、その流れるという事実を通して時間は自らを構成する。したがって、時間の水準、あるいは「起源的な時間的実存の水準では、事実と本質が、経験論的なものと超越論的なものが、分離不可能で弁証法的に連帯している」(PG, 256-257/256)のである[13]

時間と弁証法的に一体化している存在──あるいは実存──は、その時間性によって、自らを自己構成する。デリダはこのような存在の自己構成の運動を「実存の起源的運動」と名指し、それが時間の順序においては現象学に先行していることを強調する。そこでは、現象学を遂行する理論的意識は絶対的に起源的であることはできず、「時間と総合的かつ根源的に同一な存在の自己構成の一契機」、あるいは「実存の変容された一契機」(PG, 213-214/212)となる[14]。このようにデリダは、現象学的観念論の「奇妙な逆転」を試み、次のような実存主義的テーゼを提出する。

存在は自らを構成しながら、その被構成的諸契機において経験論的事実としての自らを乗り越え、その構成的産出性において超越論的主体として自らに現れる。人間的実存において、存在は弁証法的に「対自的」主体となり、起源的時間性を引き受け、そして弁証法の必然性ならびに独自の有限性を自覚する。このような人間的実存が、存在論的考察の出発点なのである(PG, 257/256)。

存在は、始原においては、その時間性において流れつつ自らを構成する。そしてある時点において現象学的還元を行うに至り、自らを超越論的主体として発見し、経験論的事実性としての自己を乗り越える。このような運動が人間的実存において生じるとされる。自らを構成する時間的存在が始原の位置におかれ、現象学を行う理論的意識はそのような存在の自己構成により生み出される派生的なものとされる。

しかしこのような議論は、デリダの言葉を信じるならば、現象学的観念論の単なる逆転ではない。つまり、純粋な事実性に特権を与え、物質的な存在を唯一の絶対的起源とみなすことではない。というのも、「実存それ自体は、そのもっとも起源的な現れにおいて、哲学的な視線に対しては現出しえない」(PG, 225/224)からだ。たとえ事実的存在が現象学に時間的に先立つものであるとしても、それを哲学的に捉えるためには、事後的にしか可能ではない現象学的還元が必要である。学問的厳密さの要求を満たすためには、現象学から出発すること、とりわけ形相的還元から出発することが求められる。本質は発生に先立たれ、発生のなかに基盤を持つ。しかし、ひとはすでに構成された本質から出発して、遡行的に発生へと立ち戻ることしかできない。したがって、「哲学の絶対的開始は本質主義者でなければならない」。そうでなければ、「ひとはつねにあらゆる哲学とあらゆる学の手前に留まることとなる」(PG, 226/224-225)[15]

デリダは、事実的存在の始原性を認めつつも、それを厳密に捉えられるのは、後からなされる現象学的分析のみだと論ずる。それゆえ弁証法が不可避となるのだ。発生の問題はわれわれを事実的存在に直面させるが、そのような存在を無媒介的に把握しうると主張する議論は、非哲学たる「経験論」とならざるをえないだろう。このような経験論の拒絶は、デリダにおいて一貫している。確かに、デリダはフッサールの観念論的傾向を執拗に批判しており、ある種の実存主義に傾いていることは間違いない。しかし同時に、彼はチャン゠デュク・タオの議論などに反対しつつ、「哲学」言説の出発点としての現象学の正当性を認めてもいる[16]。デリダは、フッサール現象学における観念論の優位というヒエラルキーを逆転させつつも、存在論に排他的な優位性を認めるのではなく、あくまで両者の起源的錯綜を問題とする。厳密な学としての「哲学」に留まり続けるためには──ここでデリダは明確にそれを求めている──観念論としての現象学を放棄してはならず、存在論と現象学の弁証法を引き受けなければならない。存在論の事実上の先行性と、現象学の権利上の方法論的優先性がある。つねに存在に対して遅延している現象学から出発しなければならない以上、哲学は目的=終焉に到達することは決してできず、「不十分」なものであり続ける。しかし、「このような不十分さと引き換えにして、あらゆる哲学的厳密さは与えられる。この必然的な不十分さと可能なる厳密さを同時に、あるいはアプリオリに総合的な仕方で意識すること、これが無限な弁証法としての哲学という理念そのものを構成しているようにわれわれには思える」(PG, 226/225)。このようにしてデリダは、「弁証法哲学」こそが「唯一可能な発生についての哲学である」(PG, p. 226/225)と宣言するに至るのである。

弁証法が起源的でありかつ無限なものである以上、デリダにとっての哲学は「終わりなきもの」となる。すでにフッサールは現象学を、「絶対的な基礎づけに基づく普遍的な学としての哲学というデカルト的な理念」(Hua I, 178)[17]を目指す、終わりなき試みとして描いていた。彼は、問題となっているのが「無限な課題」──あるいはむしろ「無際限な課題」──であるということを自覚していた。このような理念は、それ自体に到達することが事実上不可能なカント的意味での理念である。理念は先取りされるに留まるだろう。現象学はそのような理念に向かう「超越論的哲学の最終形式」(Hua VI, 71)[18]だとされる。現実に存在する現象学は、未だ理念に到達していない以上、哲学の終焉の一つ手前の段階にあるともいえる。しかし、この理念は到達不可能なものであるため、現象学は事実上「最後の哲学」となるだろう。理念に向けての終わりなき横断が、現象学を特徴づける。デリダの方はといえば、哲学を完成不可能なものとする構造を弁証法として主題化することを通して、このような哲学の無際限な性格を肯定し、明示的に引き受けようとする。これは、別の言い方をするならば、人間的実存の有限性を本質的なものとして引き受けることであるともいえる。彼は、「自己の有限性が自己自身に現れるような実存のなかで哲学を誕生させること」(PG, 41/46)を求める。デリダの目から見るならば、フッサール現象学は弁証法的性格を帯びているにもかかわらず、弁証法をそのものとして捉えることはせず、事実的には不可能と知りつつも、あくまで弁証法的な錯綜を超過する地点を目指し続けている。これに対して、弁証法を明示的に主題化することは、到達不可能な理念「から出発して」、あるいはそのような理念「を目指して」哲学するのではなく、哲学の「終わりのなさ」そのものを思考し、引き受けることとなるだろう。哲学言説はその弁証法的性格により、必然的に両義的であらざるをえないとされるのだが、その「両義性の必然性によって『印をつけられる』[marqué]ことをやめ、それを無際限に引き受けること[assumer]、このことが真の『無限の課題』、哲学の『実践的理念』を定義するものであるようにわれわれには見受けられる」(PG, 125/124)。同じページの註において、デリダは次のようにさえ書く。

われわれは本論文の結論として、現象学の弁証法的な理念をフッサールに対置し、哲学の成就[accomplissement]およびその自覚として、弁証法的な『主題』あるいは『モチーフ』を定義することを試みるだろう(PG, 125/311)[19]

フッサールが、哲学する主体の有限性を認めつつ、あくまでその有限性を無限な目的論的理念に向けて超過しようと欲するのに対して[20]、実存主義やハイデガーに触発されたデリダは、弁証法そのものを主題化することを通して、人間の有限性や哲学の無際限な性格を引き受けようとする。哲学には終わりがないということ「そのもの」を思考すること、無際限に新たな再開が必要であるということを肯定すること、これこそが若きデリダの「弁証法哲学」の中心的テーゼであるようにわれわれには思われる。

本稿においては、『発生の問題』で提示されるデリダの「哲学」を検討してきた。しかし、実をいうとわれわれは、「哲学の成就」を語るこの「超弁証法主義」は、哲学を終わらせるのではないにしても、少なくともそれを閉ざすことになりはしないかと疑っている。デリダは、自身の弁証法を無際限に開かれたものに保とうとするのだが、それは可能なことだろうか。彼が語る「弁証法と非弁証法の絶対的な弁証法」(PG, 17/20)は、ヘーゲルにおける弁証法的運動のように、自らを全体化させざるをえないのではないだろうか。無際限な弁証法は、その無際限性そのものにおいて、開かれていると同時にすでに閉じてもいるのではないだろうか。終わりなきものの「閉域(clôture)」がありうるのではないだろうか。われわれはここで、ヘーゲル論理学における無限進行と真無限の関係を念頭に置いている。彼岸にある理念へと依拠することなく無際限なものそのものを思考しようとしている点において、若きデリダの「哲学」は、本人が考えていた以上に、ヘーゲル主義に似ているように思われる。確かにデリダの後年のテクストにおいても、無際限性の肯定、つまりは有限性の肯定は重要なモチーフであり続ける。しかし、そのような肯定が「そのもの」として主張されることはやがてなくなり、無際限な差延を記述するための様々なエクリチュールの戦略──脱構築──が練られるようになる。このようなデリダのテクストの展開において、彼のハイデガー解釈の進展だけでなく、そのヘーゲル読解の深化も重要な役割を果たしたとわれわれは考える。無際限性の肯定が単純な形で主張されなくなるのは、無際限性の真無限への止揚というヘーゲルの議論の「正しさ」を、デリダが認めざるをえなくなったからではないだろうか。無際限な弁証法というデリダの「哲学」は、放棄されるのではないにしても、別の仕方で、別の語調で語り直されることとなるだろう[21]

おわりに

われわれは、デリダの最初期の著作『発生の問題』を読み解き、そこで提示される著者の「哲学」を検討してきた。このテクストにおいては、弁証法という概念が重要な役割を果たしていた。それは、止揚へと至ることのない錯綜を示すところの、無際限な弁証法である。デリダによれば、フッサール現象学は、発生という問題により、弁証法的性格を持つことを余儀なくされる。フッサールは構成的な意識のなかに哲学の絶対的な起源を探求しつつも、その意識が発生するものであることを認めざるをえなかったため、現象学は哲学的起源性と存在論的始原性との弁証法的錯綜に巻き込まれる。フッサールはあくまで純粋な起源性を目指し続けたのだが、このことは彼の観念論的傾向の帰結であるとデリダは考える。デリダ自身はといえば、フッサールにおける観念論を批判して存在論的モチーフの重要性を強調しつつも、観念論の単なる転倒に陥ってもならないとする。彼の「弁証法哲学」にとって重要であったのは、現象学と存在論の無限な弁証法的関係を思惟することであった。事実的存在はつねに現象学に先立ち、現象学的主体に存在論的基盤を与えるのだが、そのことを哲学的に正当に語るためには、現象学から出発しなければならない。このような存在論と現象学の弁証法は解消されることがなく、終わりなきものとなる。弁証法そのものを主題化すること、つまりは哲学の「終わりなさ」を引き受けること、これをデリダは「哲学の成就」とさえ呼ぶだろう。

われわれは最後に、このような『発生の問題』において提示される哲学が孕む難点についても検討した。終わりなき再開を求めるこの哲学は、その終わりなさそのものにおいて閉じざるをえず、終わりなさそのものを引き受けることにより、自らを密かに「最後の哲学」としているように思われる。「哲学の成就」と書きつけた若きデリダが、やがて「哲学の脱構築」へと向かうこととなることを、われわれはすでに知っている。事後的な視点には「ほとんど宿命的(presque fatal)」(PG, V/vi)とも映るその後の彼の歩みも、当人にとっては予測不可能な未来であったはずだ。デリダのテクストがやがて被ることとなる変化について考察することが、今後の課題となる。

Notes

  1. [1]

    Jacques Derrida, Le problème de la genèse dans la philosophie de Husserl, Paris, PUF, 1990(『フッサール哲学における発生の問題』合田正人・荒金直人訳、みすず書房、2007年). 以下、『発生の問題』と略す。同書からの引用の出典は本文中の括弧内に示し、略号PGの後に原文、日本語訳の順でページ数を指示する。

  2. [2]

    『発生の問題』についての重要な先行研究としては、Leonard Lawlor, Derrida and Husserl, Bloomington, Indiana University Press, 2002およびRaoul Moati, Derrida et le langage ordinaire, Paris, Hermann, 2014などがあげられる。本稿の新規性は、存在論と現象学の弁証法という『発生の問題』で提示されるテーゼを、独自の「哲学」の構想として捉える点にあると考える。このような作業は、デリダと哲学との関係を総体的に再検討するうえで重要となるだろう。

  3. [3]

    デリダにおける弁証法の概念については、次を見よ。荒金直人「初期デリダのフッサール研究における弁証法から差延への用語的移行」、『現象学研究』第3号、2005年、161-168ページ。ヘーゲル、フッサール、ハイデガーの同時的受容に特徴づけられる当時のフランス思想界において、弁証法概念の現象学への適用はそれほど特異なことではなかった。弁証法の流行については、以下を参照せよ。Vincent Descombes, Le Même et l’autre, Paris, Minuit, 1979, p. 21-28(『知の最前線』高橋允昭訳、TBSブリタニカ、1983年、13-22ページ).

  4. [4]

    Cf. Edmund Husserl, Cartesianische Meditationen [1931], Husserliana Bd. I, Den Haag, M. Nijhoff, 1950, S. 43-63(『デカルト的省察』浜渦辰二訳、岩波文庫、2001年、17-53ページ). 以下、フッセリアーナはHuaと略記し、本文中括弧内に、巻数をローマ数字で頁数をアラビア数字で記す。日本語訳の書誌情報については、注で指示する。

  5. [5]

    フッサールは後に、理念的対象などの超時間性は汎時間性であり、汎時間性とは時間性の一様態であるとする。しかし、このことからただちに時間と真理の和解が帰結するわけではないように思われる。汎時間性は、依然として時間的であると同時に、時間における変化を免れ、時間の全体を先取りしているという意味において、すでに超時間的でもあるのではないだろうか。おそらくこの問題は、ヘーゲルが『精神現象学』の末尾において語った、時間の抹消あるいは止揚の問題と通じている。永遠性に対して時間性を擁護しようとする哲学には、両者の錯綜という難問が突きつけられる。『発生の問題』においてデリダは、時間性と永遠性の弁証法的関係に言及している(PG, 62/65, 190/189)。

  6. [6]

    この一節の解釈については、Françoise Dastur, La phénoménologie en questions, Paris, Vrin, 2004, p. 83も参照せよ。デリダは、この夢をフッサールと共有することはなかったとしても、それに反対した訳でもないように思われる。デリダのテクストがいくつかの点で懐疑主義、相対主義に接近することは疑いえないが、相対主義や歴史主義に対する批判は彼における一貫したモチーフの一つである。デリダにおける歴史主義の問題については、以下が詳しい。亀井大輔『デリダ 歴史の思考』法政大学出版局、2019年、43-62ページ。

  7. [7]

    四部からなる『発生の問題』の本論においては、フッサールの著作が年代順に検討され、それぞれの段階にジレンマ、二項対立が見いだされる。第一部では『算術の哲学』の心理学主義と『論理学研究』第一巻の論理学主義の対立が検討され、第二部では超越論的主体の時間性(『時間講義』)とその起源性(『イデーンI』)の緊張関係が論じられる。第三部においては『経験と判断』と『デカルト的省察』が取り上げられ、発生的現象学の段階においても「意味の発生」と「発生の意味」が対立しているとされる。第四部ではフッサールの歴史についてのテクストが論じられるが、ここでも「哲学の歴史」と「歴史の哲学」の関係が問題となる。このようにデリダは、現象学にはつねにある種の緊張関係が残り続け、それが弁証法的理解を要請していると考える。

  8. [8]

    本稿ではさしあたり、デリダの解釈の当否には立ち入らない。発生をフッサール現象学の一貫した問題として捉える研究としては、Dastur, Husserl. Des Mathématiques à l’histoire, Paris, PUF, 1995やBruce Bégout, La généalogie de la logique, Paris, Vrin, 2000などもあげられる。この点については、次も参照せよ。中敬夫「フッサールにおける発生論的現象学の構想」、『愛知県立芸術大学紀要』第34号、2004年、3-15ページ。

  9. [9]

    「序説」においてデリダは、「先取り(anticipation)」の概念に重要な役割を与えている。「フッサール現象学が出発するのは、根底的な責任としてのこの体験された先取りからである」。Derrida, « Introduction », Edmund Husserl, L’origine de la géométrie, Paris, PUF, 1962, p. 155(「『幾何学の起源』序説」田島節夫ほか訳、青土社、1976年、221ページ).

  10. [10]

    ただしデリダは、フッサールが晩年の草稿においては、「語の深い意味での実存主義」(PG, 238/237)に向かいつつあることを認めている。観念論と実存主義の弁証法は現象学の中に含まれているため、デリダの弁証法哲学は現象学の「乗り越え」であると同時に、その「徹底的な明示化」(PG, 41/46)に過ぎないとされる。実際、若きデリダが実存や存在などの語を用いて思考しようとする問いは、フッサールにおける超越論的事実性の問題と通底しているように思われる。

  11. [11]

     Moati, Derrida et le langage ordinaire, opcit., p. 33.

  12. [12]

    『発生の問題』において「存在論」という語は、事実的存在に関することという程度の意味で使用されており、まだ厳密にハイデガー的な意味では用いられていないように見受けられる。この時期のデリダがハイデガーをどのように理解していたのかを正確に読み取ることは難しいが、彼のハイデガー読解が深化するのは1960年代に入ってからだと考えられる。

  13. [13]

    『発生の問題』における現象学的時間論の解釈は、イヴォンヌ・ピカールの議論に負うところがある。この点については以下で論じられている。松田智裕『弁証法、戦争、解読』法政大学出版局、2020年、35-79ページ。デリダは、フッサールが「時間構成の弁証法」を見出したことは評価しつつも、彼の時間分析では時間が非時間的形相に還元されており、そこには存在論が欠けていると批判する。デリダにとっての「起源的な時間性」とは、「あらゆる還元に抗する人間的実存の時間性に他ならない」(PG, 41/46)。ただし、時間が流れることをフッサールが「原事実」と述べていたことに鑑みると、この批判に反論することも可能であろう。

  14. [14]

    デリダは次のように書いてもいる。「現象学は、存在論となることによって、あるいは存在論と根本的な関係を保つことによって成就[s’accomplir]されねばならない。自己自身を生み出す超越論的主体は、もはや一つの理論的意識ではなく、一つの実存である」(PG, 179/178)。

  15. [15]

    フッサールは、このような「遡行的問い(Rückfrage)」の必然性をよく承知していた。『発生の問題』ではフッサールの歴史概念に手厳しいデリダも、「序説」においては、「根源的な意味形成と意味沈殿とが共存し含み合う生きた運動」としての現象学的歴史が、無際限に開かれたものであるということを認めている。ただし、後述するように、そのような無際限な開かれ自体が一つの閉域を形成しているのではないかという問いは残る。

  16. [16]

    デリダによれば、タオはフッサール観念論の「根本的な逆転を目指している」のだが、物質に排他的特権を与えている点において、彼の議論は現象学的観念論の単なる逆転に留まっており、根源的な弁証法を捉えそこなっているとされる(PG, 226/225, 257/327)。

  17. [17]

    『デカルト的省察』前掲書、272ページ。

  18. [18]

    『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』細谷恒夫・木田元訳、中公文庫、1995年、127ページ。

  19. [19]

    「序説」においても、デリダは次のように書いている。「純然たる事実性そのものを真剣に受け取ることは、それが現象学の可能性に後続し、現象学の権利上の優先性を認めるならば、もはや経験論や非‐哲学へと回帰することではない。それは反対に、哲学を成就するのだ[accomplir]」。Derrida, « Introduction », art. cit., p. 168-169(「『幾何学の起源』序説」前掲論文、248ページ). 現象学と存在論の弁証法という議論や、「哲学」という語への肯定的言及が彼のテクストから姿を消していくのは、1960年代半ば以降である。

  20. [20]

    Cf. Rudolf Bernet, La vie du sujet, Paris, PUF, 1994, p. 136-138.

  21. [21]

    デリダの思想において、有限性の肯定、無際限性の肯定が重要なモチーフであるとしばしば主張される。代表的な例としては、以下があげられる。Martin Hägglund, Radical Atheism, Stanford, Stanford University Press, 2008(『ラディカル無神論』吉松覚・島田貴史・松田智裕訳、法政大学出版局、2017年). われわれは、そのような解釈に反対はしないが、いささかの留保をつけたい。有限なもの、無際限なものの単純な肯定は、それだけではヘーゲル的論理に回収される怖れがあるように思われるからだ。ヘーゲル的論理と端的に手を切ることの不可能性こそが、デリダに様々な実験的テクストを書かせることとなった理由の一つではないだろうか。

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桐谷 慧「現象学、存在論、弁証法——初期デリダにおける「哲学」について」 『Résonances』第12号、2021年、14-28ページ、URL : https://resonances.jp/12/la-philosophie-du-jeune-derrida/。(2021年12月08日閲覧)

執筆者

所属:相模女子大学(非常勤講師)
留学・在学研究歴:ストラスブール大学(2012-2020年) 

フランス語要旨résumé

Phénoménologie, ontologie et dialectique

la « philosophie » du jeune Derrida

KIRITANI Kei

Cet article a pour objectif d’apporter des éclairages sur une « philosophie » développée par Jacques Derrida à travers son premier ouvrage, Le problème de la genèse dans la philosophie de Husserl (1954). Le jeune auteur tente d’élaborer sa propre philosophie en lisant – ou en déconstruisant – les textes d’Edmund Husserl. C’est le concept de « dialectique », concept courant en France dans les années 1950, qu’adopte Derrida comme fil conducteur de cette étude. Mais sa dialectique se distingue de celle du platonisme ou de l’hégélianisme, dans la mesure où il maintient perpétuellement l’opposition antithétique.

Selon l’interprétation derridienne, la phénoménologie est profondément marquée par l’ambiguïté dialectique, parce qu’elle doit répondre à une double exigence : respect de la rigueur scientifique et référence au vécu génétique. D’une part, notre penseur admet que la phénoménologie est méthodologiquement première. La réduction phénoménologique est le seul point de départ légitime de la « philosophie » comme science rigoureuse. Mais, d’autre part, la phénoménologie doit être de facto en retard sur l’être brut qu’elle ne peut saisir immédiatement. Elle est chronologiquement précédée par l’ontologie. Il y a ainsi à la fois la priorité méthodologique de la phénoménologie et l’antériorité chronologique de l’ontologie. Cette tension dialectique entre la phénoménologie et l’ontologie reste à jamais non résolue. Il n’est donc possible ni de trouver une origine pure de la philosophie – tout commence par une complication – ni d’atteindre sa fin ultime : la philosophie doit être infinie, ou plutôt indéfinie.

Husserl a déjà soutenu que la philosophie est une « tâche infinie » : son Idée – la science universelle – est de facto irréalisable. Pourtant, il ne renonce jamais à poursuivre ce rêve tout en connaissant son impossibilité. Derrida, quant à lui, cherche à expliciter cette impossibilité en tant que telle – autrement dit, il pense cette impossibilité, qui ne serait qu’accidentelle pour Husserl, comme essentielle. Thématiser la dialectique elle-même, qui rend la philosophie imperfectible, reviendrait à assumer l’indéfinité de celle-ci et la finitude de l’homme philosophant. Le jeune Derrida s’efforce enfin « de définir le “thème” ou le “motif” dialectique, comme la prise de conscience et l’accomplissement de la philosophie ».

pour citer cet article

KIRITANI Kei, « », Résonances, nº 12, 2021, pp. 14-28, URL : https://resonances.jp/12/la-philosophie-du-jeune-derrida/, page consultée le 8 décembre 2021.