Résonances

東京大学大学院総合文化研究科フランス語系
オンラインジャーナル
Résonances 第14号 | 2023年11月発行
翻訳

ジャン=マリー・ストローブ,吹替とは殺人行為である

Letter written by Jean-Marie Straub published in English as “Dubbing is Murder” ,translated by Sally Shafto in Writings (New York: Sequence Press, 2016), p. 113-116.

1970年2月19日[1]

親愛なるドクター[2]

2000万人にわたるイタリアのテレビ視聴者、文化産業、そして大衆文化は全体主義的な神話であり、そのことがゆえに私は『オトン』に吹替を付けることに従わなかった。私は大衆を信用してない―私は個人を、社会階級を、少数派(なぜならレーニンが言うように明日の大衆になるかもしれないからだ)を信じる。「必要だ」、そうピエール・シェフェールはフランスのテレビ番組の中で以下のように続けて主張する。

第一にテレビの視聴者を、責任能力があり知的な人々とみなす必要がある。しかし今日世界全体はまさにその逆の状態に向かっている。つい最近、娯楽に対して中立であるべき平均的なテレビ視聴者が存在していたと断定された。これがアメリカの「年齢制限」のシステムである。ニューヨークでは視聴者調査が、テレビ番組の放送開始から8日後に実施される。期待された視聴者数に達していなかった場合、単純に番組が打ち切りになる。視聴者数が多いことが法となるのだ。そしてばかげたことにこのありかたが、大西洋を越えてヨーロッパへと伝播されようとしている。テレビはセットがより多ければ多いほど、視聴者の種類がより多様化される必要がある。結局のところ目的は麻痺(anesthésia)ではない!

フランス、ドイツ、オランダ、スイス、そして南アメリカの大半の国では、人々は吹き替えられたバージョンで外国語映画を見ることも多い―ではイタリア人は本当に世界で最も未発達な人々なのだろうか?

ホルヘ・ルイス・ボルヘスはこう書く。

吹替を擁護する人々は、吹替への反論がいかなる種類の翻訳に対する反論にも適用できると考えるかもしれない。この論拠は、最も重要な欠陥―つまりは別の声と別の言語の恣意的な移植―を無視するか意図的に避けている。ヘプバーンやガルボの声は、偶然的に生じたものではなく決定的な特徴の一つである。同様にジェスチャーが英語とスペイン語では異なることをよく覚えておく必要がある。

複数の観客は自問するだろう―それらが簒奪された声であるなら、顔も簒奪すればどうだろうか? 吹替の体系はいつ完璧になるのか? グレタ・ガルボの役を演じるフアナ・ゴンザレスがスウェーデンのクリスティーナ王妃の役を演じるのはいつだろうか?

地方では吹き替えに多くの価値が認められていると聞いた。これは単純で且つ権威主義的な議論であり、チレヒトやチビルコイ[3]といった地方の目利きの詭弁が世に公開されない限り、私は自分自身が脅かされることはない。私はまた、英語がわからない人々が、吹替を楽しみそれなりに良い代物だと見なしていることも知った。私の英語に関する能力は全く理解できないロシア語よりかはましではあるが、私は、決してオリジナル言語(ロシア語)以外で『アレクサンドル・ネフスキー』を見ることはないし、権利者によってオリジナル版と見なされたバージョンで上映されるならば9回でも10回でも見続ける。吹替或いは吹替が意図される代替表現よりたちの悪いものは、代替表現つまりに対する人々の一般的な意識である[4]

(イタリア語を守るための)ファシスト的な法律は、イタリアを外国語映画のガス室にした。なぜならジャン・ルノワール(世界で最も映画を理解した男)の言葉を借りるならば「吹替とは殺人行為である(dubbing is murder)」[5]からだ。

これは常に、驚くべき生における問いである。驚くべき生とは、その瞬間に出される声や音を驚かせることである。私が属しているのは、若い女性がある状況下で不意に出すため息の存在を信じながらも、それは再現されえないと思い込む人々が属する古い学派である[6]

私の映画『オトン』は、間違いなく「再現すること」が不可能な物事に依存している。つまり、あらゆる瞬間における各々の登場人物へのコルネイユの言語の受肉、音、空気、風、そして生で録音するのが難しい長いセリフを端から端まで述べる役者たちの努力と綱渡りのようなリスクを、映像と同時に、完全に同調させることである。

サウンド・スタジオの中やイタリア語の中でこの同調を「再構築」しようとすることは、馬鹿げて欺瞞に満ちているだけではなく、数週間もしかすると数か月かかり、多くの場合不可能であると疑いなく証明されるだろう。

更に言えばこの作品がテレビ放送されるという保証はどこにあるのだろうか?

『アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記』にイタリア語吹き替え版を作成するために、4人の作業者と仕事をしてからもう2年たった(イタリアのテレビ局とイタリアの人のために吹替作成に同意した理由は、映像と同じくらい話される吹替の問題でもあったが故に可能だったからだ)にもかかわらず、未だこの映画は放送されていない。

そこで私は8月、テレビ局に、『オトン』のイタリア語字幕版を提出することにしたのだ(同時にベネチア映画祭でも上映したいと思っている)―もしイタリアのテレビ局がこの字幕版の放送を拒否した場合、私は1500万リラでこの映画をRaiに寄贈することを断念しようと思う[7]

ジュゼッペ・ベルトルッチ[8]とともに「私は新しい習慣が生まれる時を待っている」。

敬具

ジャン=マリー・ストローブ

 

P.S 芸術活動は間違いなく機械的な調整や平準化、つまり少数派に対する多数派のルールの対象にならない。(レーニン)[9]

P.P.S同志たちよ。大衆が、自身が理解してないことに対して無知であると仮定してはならない。(毛沢東)[10]

 

1970年

オリジナル言語―イタリア語

タイプ原稿

 

初出は“Contro il doppiaggio,” Filmcritica, no. 203 (January 1970): 2-3[11].

後に以下の紙面にも収録された。“Doppiare è un assassinio,” in Paese Sera, March 13, 1970[12][訳註1].

Notes

  1. [1]

    この手紙の中でストローブによって手書きで記された日付は、奇妙なことに1970年1月の出版よりも遅い日付である。 cf. 英語版ストローブ=ユイレ著作集から 31:”Filmcritica, Eisenstein, Brecht” and 39: “David Wark Griffith, Flower of the American Bourgeoisie.”(編集部注)[同書31番と39番を参照。]

  2. [2]

    このストローブの手紙のあて先は、イタリア国営放送の第2チャンネルであるRAI Dueのプログラム編成ディレクターであるArosioである。―Écrits, 66.[フランス語版著作集66番を参照]

  3. [3]

    アルゼンチンの地方都市である。―Straub~Huillet, 29.

  4. [4]

    Jorge Luis Borges, “On Dubbing,” first published in Sur [Buenos Aires] no. 128 (June 1945); English translation in: Jorge Luis Borges, Selected Non-fictions, ed. Eliot Weinberger, trans. Esther Allen, Suzanne Jill Levine and Eliot Weinberger (New York: Viking, 1999), 262-63.―Testi, 67.[イタリア語版著作集67番を参照]

  5. [5]

    ルノワールにストローブが帰しているこの表現は、ストローブが引用しようとしているインタビューの中には存在しない(編集部注)。

  6. [6]

    Jean Renoir, « Mes Prochains films: entretien avec Jean Renoir par Michel Delahaye et Jean-André Fieschi », Cahiers du cinéma, no. 180 (July 1966): 36-47, quotation on p. 42.なおストローブは引用に際し少し表現を改めており(フランス語の原文は下に続く)、surpriseの周りに挿入語句を言葉遊びとして加えている。カイエ編集部の問いは同様にMichel Delahaye’s interview with Straub, pp. 52-57にも含まれている)箇所の確認に際してシネマテーク・フランセーズのValdo Kneubuhlerに感謝申し上げる(編集部注)。

    カイエ:生を知ること、瞬間、声、音においてあなたは同時に理解しているのでは?

    ルノワール:そうです。私は吹き替えが嫌いです。なぜなら私は未だ古い学派、つまりドキュメンタリー映画において生の驚きを信じる人々の学派、つまり若い女性が自らの意に反してそのような状況に置かれたときつくであろう、再生産が不可能であるため息の存在を無視することは誤りであると信じている人々の学派に属しているからです。私は、映画そしてすべての別の芸術の大部分は幸福な偶然性によってもたらされていると信じる人々がいて、彼らが避けがたい何らかの機会の存在や、幸福は偶然より多く存在することを信じ込んでいることを認めざるを得ません。しかしながら、もし偶然が作家によって計画され決められるのであるならば、私が思うにとてもよくないことだと思います。作者は釣り糸を操る漁師ではないでしょうか。魚を育てはしませんが、魚を捕まえる方法を知っています。

  7. [7]

     RAI Dueが先行購入という形で資金提供にかかわっていた場合、映画は決して放送されなかった。―Testi, 354.[イタリア語著作集354番を参照]

  8. [8]

    ベルナルド・ベルトルッチの弟であるGiuseppe Bertolucci (1947-2012)もまた映画監督だった(編集部注)。この後の注釈でも同様。

  9. [9]

    Vladimir I. Lenin, On Literature and Art (Moscow: Progress Publishers, 1970), 22. 尚英訳の中で、レーニンは特に文学に言及している(ただ芸術全般について言及しているわけではない)。

  10. [10]

     Mao Zedong, excerpt from “On Coalition Government” (April 24, 1945), Selected Works, vol. 3, 316.

  11. [11]

    アドリアーノ・アプラ(Adriano Aprà)は私信の中で、この日付のこの記事が出ていることを確認している。「私はCinemaFilm編集部が1970年3月24日にPaese Sera(パエーゼ・セーラ)紙に送った、ストローブの立場を支持する文章のコピーを見ている。この手紙の序文では、JMS[ジャン=マリー・ストローブ]の手紙が1970年3月13日に掲載されたことが確認できる。」1949年にイタリア共産党と結びつく形で創刊されたPaese Sera(パエーゼ・セーラ)のタイトルは、当初Il Paese(国)だった。1963年、朝刊のタイトルも『パエーゼ・セーラ(夕方の国)』となった。同紙には全国版の朝刊、午後版、夕刊があり、後者2つはローマの日々の政治的出来事に重点を置いていた。パリのBnFで閲覧できたのは夕刊のみであり、その中にストローブからの手紙は掲載されていなかった。ゆえに全国版の朝刊に掲載されたのは間違いないだろう。

  12. [12]

    Filmcritica survey on dubbing, “Sul doppiagio,” no. 208 (July-August 1970): 273-274に対するストローブの応答も参照せよ。

  13. [訳註1]

    本論文(手紙)はLetter written by Jean-Marie Straub published in English as “Dubbing is Murder” ,translated by Sally Shafto in Writings (New York: Sequence Press, 2016), p. 113-116の全訳である。

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ジャン=マリー・ストローブ「吹替とは殺人行為である」 高部 遼・小城 大知 訳、 『Résonances』第14号、2023年、ページ、URL : https://resonances.jp/14/dubbing-is-murder/。(2024年05月22日閲覧)

翻訳者

所属:超域文化科学専攻博士課程:2020-
留学・在学研究歴:

翻訳者

所属:超域文化科学専攻修士課程(2021-)
留学・在学研究歴:なし