Résonances

東京大学大学院総合文化研究科フランス語系
オンラインジャーナル
Résonances 第14号 | 2023年11月発行
クロニック

彼の修行時代ミシェル・セール『ミシェル・セール全集』第1巻書評

ミシェル・セール(Michel Serres, 1930-2019)は、2019年6月1日に逝去した。この多産な哲学者の死後わずか3年、同時代フランスを生きた幾人かの巨星に先駆けて、彼の全集の刊行がFondation Michel SerresとÉditions Le Pommierによって始まった。その第1巻が本書、Michel Serres, Œuvres complètes, vol. 1, « Cahiers de formation »(Paris, Le Pommier, 2022)である。

この全集は、セールのかつての教え子であり、哲学や科学史の研究者として活動を続けるロラン・シェアール、ベルナデット・バンソード=ヴァンサン、それからフレデリック・ヴォルムスの三名に、セールとともに出版社Le Pommierを創業し、彼の編集者を30年にわたって務めたソフィ・バンカールを加えた四名によって監修されている。冒頭に置かれた「序曲」(Ouverture)において、彼らは書く。ミシェル・セールは、「科学と戦争の結びつきを拒否し、科学と文学との結びつきを希求した哲学者」であったと(p. VIII)。セールの著作にわずかなりとも親しんだ者からすれば、この形容はいささか陳腐にも思えるが、しかしこれがもはやクリシェであるとすら感じられるのは、やはり真実であるからにほかならないのだろう。1945年夏、広島と長崎への原爆投下を決定的な契機として思索を紡ぎ始め、科学と戦争の蜜月による人類の自殺を憂いた哲学者であり、自然科学と人文科学の「二つの文化」(チャールズ・パーシー・スノー)の分断を嘆き、そのあいだをつなぐ「北西航路」を往き来した越境者でもあったミシェル・セール。「序曲」では、彼の経歴が三つの時期に分けられたうえで紹介され、また、この全集が生まれた経緯と編集方針とが記される。

第一の時期には、科学、特に数学と、文化ないし人間の生のあいだに断絶はないと主張し、両者のあいだの紐帯を照らし出そうとする哲学者にして数学者セールがいる。彼は、数学的構造主義という転回について科学的・哲学的な思考を深めながら、そのうえに立って歴史家としてライプニッツの「体系」を主題とする大部の博士論文を執筆し、それと同時に『ドン・ジュアン』やジュール・ヴェルヌ、エミール・ゾラらの文学作品を論じる。1979年にCritique誌上で特集が組まれた頃のセールが広く知られていたのは、「構造主義の思想家」としてであったという。1980年の『パラジット』(Parasite)から1990年の『自然契約』(Le Contrat naturel)までが第二の時期である。編者らの主張によれば、この頃のセールは、文学との外在的な関係を離れて、文学そのものの実践へと移行していった点でそれ以前と分たれる。事実、『ローマ』(Rome)(1983年)や『五感』(Les Cinq sens)(1985年)などの諸著作は、相変わらず自然科学へと目を配りつつ理論的な思考をめぐらせながら、同時に、文体の探求によっても特徴づけられると述べてよい。また、1984年に、ルネ・ジラールの招きに応じてスタンフォード大学の教壇に立ち始めたことも見逃すことはできない。フランスのアカデミズムに対して微妙な立ち位置にいながら、セールはその後、もはや大衆的な人気を誇る著述家となっていく。アカデミー・フランセーズの会員にもなり(1990年)、ラジオ番組でもその軽妙な語り口で人気を博した彼は、より同時代的かつ政治的な議論を展開するようになり、並行して、壮大な人類史叙述を行う諸著作を次々と発表する。セールを紹介するために彼の経歴をこのように三つの時期に区分することに異論はないし、妥当な来歴の提示だと思う。彼のことを理解するためにまったく無益であるともいわないが、ただし、当然、この時期区分を前提とすることに危険がないわけではなく、さらには読解の枠組みとして採用することは誤りを導きかねないから、あくまでセールの経歴の紹介にすぎないということには留意すべきである。

さて、この「序曲」によれば、セールの全集刊行の計画は彼の生前からすでにあったらしい。鬼籍に入る数ヶ月前、著者が望んだのは、刊行されたすべての書籍と論文、それから未完のテクストの一部を集め、それらが書かれた文脈を提示し難解な箇所を解説する序論を加えたうえで、しかし註は追加することなく刊行することだった。註が必要となるのは過去のことについて書くかぎりにおいてであり、真に新たな著作には註など必要ない(p. X)と公言して憚らなかったセールらしい望みといえるが、実際、本書には、収録された彼のノートの各巻相互の参照関係を示すものを除いて、脚注は一切つけられていない。続刊でどのような措置がとられるかは未だ不明であるし、註を付さないことの良し悪しはあるとしても、ともかく、ある著者の全集としては異例のものではあるだろう。

セールは、各種の草稿や読書ノート、講義や講演の準備、また未刊に終わったまとまったテクストなど、膨大な手稿や電子ファイルを残しており、これらすべてを全集に収めることは現実的ではなかった。だから、編者らはセールに託されて、全集に収めるべき未完テクストの選定に当たっているという。これらは、これから刊行される第2巻以降に収録されることになるのだろう。この全集は、やはりセールの望みにしたがって全部で12巻からなる。各巻は時期ごとに区切られ、その時期に発表された書籍と論文のすべてと、その頃に書かれた未完テクストが時系列順に収録されることになる。著者の意向が最大限に反映されていることも、この全集の特色のひとつである。

ただし、第1巻にかぎっては上述の編集方針の例外をなし、またしてもセールの指示により、1960年から1974年までに書かれた、のちの書籍や論文を準備する膨大なノート群(« Cahiers de formation »)が収められたうえ、さらに、充実した「序文」(Préface)が「序曲」の直後に置かれている。

この「序文」の第1節と第2節では、セールのより詳しい伝記的な事柄が、本書所収のノートとの関わりにも随時触れられながら叙述される。例えば日本では広く知られているとは言いがたい哲学者ジュール・ヴュイユマンとの重要な関係など興味深い事実が記されてもいて、おそらくは、セールの伝記的な文章としては最大である。セールその人のことを知ろうという者にとっては最良だろう。

第3節では、特に本書でセールが書いている問題や概念についての解説的な内容が主となる。セールの哲学に多少は親しんできた評者には馴染み深い、「不動点(le point fixe)」や「死の支配(thanatocratie)」といった概念、「主体批判」や「対象への回帰」といったセールにとってきわめて重要な論点、また、「技術的世界の独立」というような現代における火急の問題を告げる小見出しが並び、その各々について、本書内でのセールの記述が引用されつつ論じられる。さながら「ミシェル・セール入門」であるこの「序文」は、セール思想への門口としてすぐれている。

肝心の本文は、先述のとおり、1960年から1974年に書かれたノート18巻からなり、それらが書かれた時期にしたがって時系列順に並べられている。その分量と性格からして、その内容を要約しここに記すのは適切でないばかりか、そもそも不可能であるから、ここでは一般的な事柄だけ述べておくにとどめたい。

ノート各巻の冒頭には「導入」(introduction)が付され、その時期のセール自身の境遇とノートの内容について簡潔な解説がなされる。ノートの本文は、手稿であるがゆえに改変を加えることを免れえないとはいえ、セール自身が書いたものを可能なかぎり保持し、彼が描いた図表等もなるべくそのままのかたちで残るように配慮されている。用いられる略号や数種の数字表記の使い分け等について丁寧な「使用法」(Mode d’emploi)(凡例)も付されているから、取説を読むタイプの読者であれば、どのように読むべきかはよくわかるはずである。全体に関してたしかなのは、ありきたりなことを述べることになるが、セールはその最初の著作を世に問うずっと前から、当然ながら、のちの著作群で現れるさまざまな問題や概念についての思索を深め続けていたということ、そして本書は、それら刊行された著作を読むときのいわば副読本として、読者に益するところが少なくないということ、この二点である。とりわけ、先にも触れたとおり註を付すことを嫌い、その思想形成の歴史的な文脈が掴みがたかったセールを読むにあたって、ノートのなかに見られる数多の固有名や、巻末の充実した事項索引・人名索引は非常に有用であろう。そればかりではなく、セール研究を離れるとしても、フランス現代哲学の歴史的研究のためにも有益といってよく、より素朴なことを述べれば、学術研究を離れてもアイデアの宝庫となりうるものであると思う。

「1960年5月、彼は毎朝書くことに決めた」(p. XVIII)。この決心が嘘にはならなかったということは、本書を開けば火を見るよりも明らかである——と同時に、いつか同じように宣言しながら、当然のようにそれを守ることのできていない自分自身を省みる。私の修行時代がこのような膨大なノート群を残すことはできないと決まったわけではないのだから、文字どおり毎日読み、考え、書いたその先に、本書の書影を追ってみることも悪くはないのかもしれない。

今なお進行中のこの思考は、科学からも神話からも、芸術からも技術からも、同じように借り受けたもろもろのモチーフを絶えず織りこみ、また織りなおしながら、壮麗なタピスリーをつくりあげる。このタピスリーこそが、この全集の刊行によって再構成したいものである(p. XI)。

編者たちはこの全集編纂の目的を以上のように述べている。幸いにもまだ若年といってよいうちに第1巻の刊行を目にした評者は、自分の仕事を探し進めながら、このタピスリーが織りあがっていく過程に伴走することができる。

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中山 義達「彼の修行時代——ミシェル・セール『ミシェル・セール全集』第1巻書評」 『Résonances』第14号、2023年、ページ、URL : https://resonances.jp/14/compte-rendu-oeuvres-completes-serres-i/。(2024年04月20日閲覧)

執筆者

所属:東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(表象文化論)
留学・在学研究歴:ポール=ヴァレリー・モンペリエ第3大学(2023年-) リヨン高等師範学校(2023年-)