Résonances

東京大学大学院総合文化研究科フランス語系
オンラインジャーナル
Résonances 第14号 | 2023年11月発行
研究ノート

バタイユとヴェルナツキー「全般経済学」における『生物圏』の影響を中心に

ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille, 1897-1962年)の著作『呪われた部分 全般経済学試論・蕩尽』(La Part maudite, Essai d’économie générale──La Consumation)(以下『全般経済学』)では、ロシア出身の地球化学者ヴラジーミル・ヴェルナツキー(Vladimir Vernadski ; Владимир Вернадский, 1863-1945年)の著作『生物圏』(La Biosphère)が参照されている。本稿では、『生物圏』が『全般経済学』にいかなる影響を与えたのかを、ヴェルナツキーに関する諸事項を説明しながら考察し、バタイユとヴェルナツキーの思想がもたらす可能性について、ささやかな展望を示したい。

 

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初めに、ヴェルナツキーの伝記的事実についていくらかの確認をしておきたい[1]。ヴェルナツキーは大学で土壌学・鉱物学・結晶学を学び、ミュンヘンやパリでの在外研究を経て、結晶学に関する成果で博士号を取得している。後にヴェルナツキーが創設する「地球化学(geochemistry ; геохимия)」という新しい科学分野は、そうした鉱物への興味が拡大し、鉱物の起源を地球での進化における化学的・物理的な過程としてとらえようと試みた帰結である。この「地球化学」の講義のために、ヴェルナツキーはパリ大学に招かれる。その折、1922年に行われたソルボンヌでの講義をまとめたものが『地球化学』(La Géochimie)という最初の主著に結実する。したがってこの書物は、まず1924年にフランス語で出版され、それから全面的に改定されてロシア語に(1927年)、さらにはそれがドイツ語や日本語にもすぐに翻訳され(ドイツ語版は1930年、日本語版は1933年)、各国の同分野発展に寄与した。なお、ヴェルナツキーはパリ滞在中に、後述する「精神圏(noosphère ; ноосфера)」という概念を、地質学者・古生物学者で思想家のピエール・テイヤール=ド=シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin, 1881-1955年)や数学者で哲学者のエドゥアール・ル=ロワ(Édouard Le Roy, 1870-1954年)との交流を通じて生み出したとされている。こうしたフランスでの活動の成果も相まって、バタイユが参照した『生物圏』という著作もまた、フランス語で出版されることとなる(『生物圏』のフランス語での出版は1929年で、同書については1926年のロシア語版の出版のほうが早い)[2]

 

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ではバタイユはヴェルナツキーの思想からいかなる影響を受けているのか。まずは『全般経済学』において『生物圏』が参照される箇所を確認しよう。

各個体にとっても、各集団にとっても、直接の制限は他の個体あるいは他の集団によってもたらされる。しかし地球の圏域(まさに生物圏のことだ。つまり生にとってアクセス可能な空間のことである)が唯一の現実の限界になっている[3]

この一節そのものの説明はひとまず措き、確認したいのは、「生物圏(biosphère)」という語に註が付され、「W・ヴェルナツキー『生物圏』(1929年)を参照せよ」という文言とともに、「以下に続く私の考察のいくつかが(視点は別だが)素描されている」と記述されることである[4]。つまりこの記述から、バタイユが『全般経済学』で示す考察が、「視点は別だが」、ヴェルナツキーの『生物圏』と共通していることが読み取られる。

ではいかなる要素が共通しているのか。措いていた引用箇所自体の説明を施せば、この件は『全般経済学』の第2章「全般経済学の法則」の一節であり、生物の成長の限界について述べている部分であるとまとめられる。生物の成長について、この一節の前にバタイユは、生物は太陽から受け取った過剰なエネルギーを浪費へと転じさせる前に、まずはそのエネルギーを最大限、成長のために用いると述べる。言い換えれば、生物は成長を続けることができなくなったときにはじめてそのエネルギーを浪費へと転向させることができるのである。この成長の「唯一の現実の限界」が「生物圏」というわけだ。つまり「生物圏」は、浪費に転じる境界として設定されているのである。

生物が成長し、それが満たし得る「アクセス可能な空間」という、限界としての生物圏の定義は、なるほどたしかにヴェルナツキーの言述に則っている。ヴェルナツキーもまた、「生物圏がその構造や構成、その物理的な状態によって、生命の領域を完全に内包している」こと、また、「生命は生物圏の条件それ自体に適応している」こと、つまり生物圏の定義上、生命の領域がそこから逸脱しようがないことを認めている[5]

とはいえ、以上のことは生物圏の定義を言い換えたに過ぎない。そこでバタイユが「考察」したこと、つまり、生命の限界としての生物圏に関してどのような洞察を加えたのかが重要になってくる。

 

*

 

バタイユの「考察」を検討する前に、より広範的な共通点として確認しておきたいのは、バタイユと同様にヴェルナツキーもまた、太陽を根源的なエネルギー源としてとらえているということである。バタイユが「生の最も全般的な条件」として「太陽エネルギーは繁殖する生命の発展の原理」であることを挙げ、「われわれの富の源泉と本質」として太陽が「何か代償を得ることなく、ただ惜しみもなくエネルギーを──富を──分け与える」ことを示していることと同様に[6]、ヴェルナツキーもまた、「生命にとって太陽放射の熱の重要性は明らかであり、議論の余地はない」[7]、「太陽放射を、地上の自由なエネルギーの新しく多様な形態へと変換し、地球の歴史を、その運命もろとも完全に変えるのは、ひとつの惑星のメカニズムなのである」と、太陽がエネルギー源である点を議論の基礎に置いている[8]

かと言って、バタイユがヴェルナツキーによってのみ、太陽エネルギーを「全般経済学」の原理としようと考えたと言うつもりは毛頭ない。太陽のモチーフが必ずしもヴェルナツキーに依らないことは、『太陽肛門』(L’Anus solaire)(1927年執筆、1931年出版)や「腐った太陽」(« Soleil pourri »)(1930年掲載)等、バタイユが『全般経済学』を出版する1949年よりずっと前から太陽のモチーフに拘っていたことから明らかであろう。

ただし、国内外でれっきとした科学者として扱われていたヴェルナツキーの『生物圏』によって、あくまで「経済学の書物」として[9]、つまり一学問の成果として出版された『全般経済学』が、太陽がエネルギー源であるとすることの科学的裏付けを得たと考えることはできるかもしれない。バタイユがいかなる経路をたどってヴェルナツキー『生物圏』を知ったのかさえも定かではないが──ひとつの仮説として、当人がいなければ「この著作をつくることはできなかった」とまで記された[10]、『全般経済学』の協力者で物理学者のジョルジュ・アンブロジーノ(Georges Ambrosino, 1912-1984年)による紹介と考えることは不可能ではないかもしれない──、エネルギー源としての太陽については、19世紀後半に熱力学第二法則が定式化されたことに端を発する熱力学分野の盛り上がりやその原則に基づく20世紀前半の社会エネルギー論の発展といった時代の潮流も加味して考える必要があるだろう[11]

 

*

 

さておき、以上に鑑みれば、太陽を根源的なエネルギー源とみなす点や生物圏を成長の限界ととらえる点など、包括的に地球全体のエネルギーのダイナミズムを把捉する視点そのものが、バタイユがヴェルナツキーから引き継いだ思想であるとも見られる。だが、「以下に続く私の考察のいくつか」と先に引用した一節が示す内実として、もっとも具体的な継承は、「生命の圧力(la pression de la vie)」という考えに認められるだろう。

バタイユは、ヴェルナツキーについての注釈を記した直後の第2章第3節を「圧力」と題し、「生命の圧力」について論じている。バタイユはそこで、分かりやすい例として、「庭師が庭園のなかを切り開き、そのまま路面をむき出しにして維持しておく小道」を挙げる[12]。こうした小道は、ひとたび放置されると、「周囲の生命の圧力(la pression de la vie)によってすぐに草や茂みに覆われ、動物の生命がひしめくようになる」[13]。気圧の高いところから低いところに風が吹くように、生命が空いた空間を瞬く間に占めるのである。またこの「生命の圧力」は、「余剰エネルギーを燃焼へ差し向けている」ともされており[14]、生命が蕩尽へと向かうための重要な要因ともなっている。

こうした考えは『生物圏』にも見られ、まったく同じ「生命の圧力(la pression de la vie)」という語を用いながら、ヴェルナツキーは以下のように説いている。

この宇宙の力は生物の繁殖に起因する、生命の圧力(la pression de la vie)を決定づけている。この圧力は、太陽の力が地表に伝達されたものと考えることができる。実際この圧力は文明化された生活の中でもなお感じることができる。人間は、手つかずの自然の様相を変化させ、地球の一部の地域から植物群を取り除くことで、いたるところで生命の圧力(la pression de la vie)に抵抗し、努力し、その圧力と同等のエネルギーを消費し、仕事をしなければならない。人間が諸力を消費することをやめ、植物群を取り除く防衛壁を守るために方策を講じることをやめたならば、その領域はたちまち植物機構によって覆い尽くされてしまうだろう。この植物機構は人間がそれらから奪い取った場所は、いつでもどこでも奪い返すのである[15]

要言すれば、ヴェルナツキーがここで謂っているのは生命の威力である。もしも「人間が諸力を消費することをやめ」てしまえば、生命がたちまち活動領域を覆ってしまう。ヴェルナツキーがこうして示唆した人間の諸力の消費の必要性を、バタイユは余剰エネルギーの消尽と解釈することで「全般経済学」の理論を成したと考えることができるだろう。

 

*

 

以上のように、限界としての生命圏やエネルギー源としての太陽、「生命の圧力」という考え等に、『全般経済学』における『生物圏』の影響が見て取れよう。ほかにも素描されているという「考察のいくつか」を精査することもできようが、それを差し置いてもささやかながら最後に示したいのは、むしろバタイユとヴェルナツキーのその後の思想における類似である。

ヴェルナツキーは『生物圏』を記した後、いまやその「生物圏」は、科学的思考と人間の労働によって、「精神圏」という新たな段階に移行しているのだと言う[16]。その移行の源となっているのは、人間の文化のエネルギーであり、ヴェルナツキーはこれを「文化的生物地球化学的エネルギー」と呼ぶ[17]。ヴェルナツキーもまた、バタイユが戦争を人間の余剰エネルギーの発散の(回避すべき)一形態と考えたように、エネルギー論的な布置で世界をとらえているのである。いわゆる人文系/自然科学系という分割にとらわれないエネルギー概念の系譜学の必要性を感じるとともに、ここには物質性/非物質性を超えて一元論的に世界をとらえうる強度の思想の一形態が見て取れる。こうしたエネルギー思想の豊かさに目を向けるために、ヴェルナツキーやバタイユに見られる、両者の異同もふまえ、包括的な視座を含む思想の探求を今後の課題としたい[18]

Notes

  1. [1]

    ヴェルナツキーの伝記的事実については以下を参照。梶雅範「ヴラジーミル・ヴェルナツキーの生涯と業績」(ヴラジーミル・イヴァノヴィッチ・ヴェルナツキー『ノースフェーラ──惑星現象としての科学的思考』梶雅範訳、水声社、2017年所収)。なお、同書では「ヴェルナツキイ」という表記を採用しているが、本稿では「ヴェルナツキー」という表記に統一する。

  2. [2]

    「生物圏」という概念の出処自体はヴェルナツキーではないということは念のため断っておきたい。これについてヴェルナツキー自身は「「生物圏」、すなわち「生命の領域」という概念は19世紀はじめのパリで[ジャン=バティスト・]ラマルク(1744-1829年)によって生物学に導入され、地質学には19世紀末のウィーンで[エドアルト・]ズュース(1831-1914年)によって導入された」(「精神圏についての緒言」『ロシアの宇宙精神』S. G. セミョーノヴァ+A. G. ガーチェヴァ編、西中村浩訳、せりか書房、1997年、335-336頁、[]は引用者による補足)としているが、「生物圏」の真の出処については精緻な議論が必要だろう。

  3. [3]

    Georges Bataille, La Part maudite, Essai d’économie générale──La Consumation, Œuvres Complètes de Georges Bataille, t. , Paris, Gallimard, 1976, p. 36(『呪われた部分 全般経済学試論──蕩尽』酒井健訳、ちくま学芸文庫、43頁). 以下、フランス語からの翻訳は既訳を参考に筆者が行う。また、以下バタイユの全集はO.C. と略記し、巻数と頁数のみを記す。

  4. [4]

    Ibid.

  5. [5]

    Vladimir Vernadski, La Biosphère, Paris, Librairie Félix Alcan, 1929, p. 143. バタイユが参照したのはフランス語版だが、ロシア語版(Вернадский В. И. Биосфера. Л., 1926)も適宜参照した。

  6. [6]

    Georges Bataille, La Part maudite, O.C. t. , op. cit., p. 23(『全般経済学』前掲書、41頁).

  7. [7]

    Vladimir Vernadski, La Biosphère, op. cit., p. 16.

  8. [8]

    Ibid., p. 13.

  9. [9]

    Georges Bataille, La Part maudite, O.C. t. Ⅶ, op. cit., p. 19(『全般経済学』前掲書、11頁).

  10. [10]

    Ibid., p. 23(同上書、20頁).

  11. [11]

    熱力学第二法則の定式化による社会エネルギー論分野の発展の過程は、桑田学『経済的思考の転回 世紀転換期の統治と科学をめぐる知の系譜』(以文社、2014年)に詳しい。

  12. [12]

    Georges Bataille, La Part maudite, O.C. t. Ⅶ, op. cit., p. 37(『全般経済学』前掲書、44頁).

  13. [13]

    Ibid.

  14. [14]

    Ibid., p. 43(同上書、56頁).

  15. [15]

    Vladimir Vernadski, La Biosphère, op. cit. p. 70.

  16. [16]

    ヴラジーミル・イヴァノヴィッチ・ヴェルナツキー『ノースフェーラ──惑星現象としての科学的思考』前掲書、28頁。

  17. [17]

    同上書、187頁。

  18. [18]

    バタイユのエネルギー論的側面の追求を考察したものとしては以下を参照されたい。石野慶一郎「バタイユから考えるエネルギーエコノミー──ニック・ランドとユク・ホイを手がかりに」『Phantastopia』第2号、Phantastopia編集委員会、2022年、199-208頁(https://phantastopia.com/2/energy-economy-bataille/)。

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石野 慶一郎「バタイユとヴェルナツキー——「全般経済学」における『生物圏』の影響を中心に」 『Résonances』第14号、2023年、ページ、URL : https://resonances.jp/14/bataille-et-vernadski/。(2024年05月22日閲覧)

執筆者

所属:超域文化科学専攻博士課程(表象文化論)
留学・在学研究歴: