Résonances

東京大学大学院総合文化研究科フランス語系
オンラインジャーナル
Résonances 第13号 | 2022年10月発行
クロニック

もう一つのアニメ大国?マリー・プリュヴォ゠ドゥラスプル編『フランスにおける日本アニメ 受容・普及・再活用』書評

フランスにおける永井豪の人気ぶりには、どこか意外なところがある。もちろん、1970年代から「マジンガーZ」や「デビルマン」といった作品を発表し、テレビアニメとも強く結びついた活動を展開してきたこのマンガ家の名は、日本でも広く知られている。とはいえ、かつて大友克洋や谷口ジローが受けたフランスの芸術文化勲章を鳥山明とともに2019年に受章しているとなると、その位置づけは日本における評価とはいくらか異なるようにも思われる。2021年にも、パリ日本文化会館で永井の原作によるアニメ「UFOロボ グレンダイザー」の回顧展[1]が行われ、記録的な盛況となったという[2]。どうやら永井は、現在の日本において以上に、フランスのマンガ・アニメファンにとって重要な存在となっているようなのだ。

このような人気の背景を理解し、フランスにおける日本のポップカルチャー受容の見取り図を得るのに役立つのが、2016年に出版された『フランスにおける日本アニメ 受容・普及・再活用』[3]だ。本書は、日仏のアニメ史の研究者であり現在パリ第8大学で教鞭をとるマリー・プリュヴォ=ドゥラスプル[4]を編者として、多くの研究者やジャーナリストの参加を得て実現した、フランスにおける日本アニメ受容の歴史に関する論集である。東映動画が1958年に製作しフランスでも1962年に公開された映画『白蛇伝』に始まり、70年代終わりから80年代にかけての第一次アニメブームの展開、その後のビデオテープやDVDさらにはインターネットによるアニメ流通の実態まで、その内容は多岐にわたる。日本マンガの研究者であるジュリアン・ブヴァールが寄せた序言にあるように、「よく気づかないうちに『もう一つのアニメ大国』になっていた」[5]というフランスの歴史を一望できる。

本稿ではそれぞれの論文を詳しく検討する余裕はないが、その代わりに、これらの議論が全体として示しているいくつかの傾向を確認しておこう。まず指摘するべきは、本書がその多様な論考を通して、日本のアニメ作品の内容的な側面と、それを受容したフランスの、あるいはグローバルな文脈での社会経済的な背景の両方に目を向けるよう促していることだ。例えば、「NARUTO」シリーズが共有する作品世界の構造からそのマルチメディア展開を支える条件を探ったジェレミー・デリの分析[6]や、フランスで1991年に公開された『アキラ』から2006年公開の『パプリカ』にいたる日本アニメへの批評的言説の変遷を明らかにしたマチュー・アンデルソンの論考[7]は、アニメ作品の内容やそれに対する評価に注目している。一方、アニメ配信ビジネスをめぐる比較的近年の動向を検討したマリー・プリュヴォ=ドゥラスプルの論文[8]や、イタリアとフランスを中心にヨーロッパにおける第一次アニメブームの展開を扱ったマルコ・ペリテッリの議論[9]は、アニメが流通し消費される社会的な場のあり方や経済的背景に、より強く関心を寄せたものだ。

前者のような作品内容に注目した議論では、日本アニメがその「日本性」や「東洋性」、あるいは西洋にとっての「新しさ」という観点で注目を集めながら、次第に独自の文化的領域としての地位を確立していった過程が描き出されている。現在に至るまで、フランスにおける日本アニメの受容に、多かれ少なかれエキゾティズム的な側面が残されていることは否定できない。とはいえ、特に2000年代以降、宮崎駿や今敏といった監督による作品を中心に、日本アニメが映画批評のような既存の言説的枠組みのなかで評価されることも増えており、そこでは個々の作品の内容がより注目されるようになっているという[10]。フランスにおける日本アニメへのイメージは、この数十年にわたって大きく変化してきたのだ。

一方、後者の論考における社会的背景への関心は、フランスにおける日本アニメの受容という現象を、その固有の歴史において捉えることを可能にしている。例えばマルコ・ペリテッリの論文では、ヨーロッパとアメリカにおける日本アニメの位置付けの差が強調されているのだが、その背景にあるのは、それぞれの地域におけるテレビ放送の制度的な位置づけといった、非常に具体的なレベルでの違いだったという。このような分析を通してこそ、「ソフトパワー」といった曖昧な力に還元することなく、特定の時期に特定の地域で日本アニメが広く受容された経緯を理解することができるはずだ。そこでは、複数の論文が指摘しているように[11]、当時の日本アニメが安価に放送枠を埋めることのできる素材として重宝されたという、身も蓋もない事情も浮き彫りになってくる。とはいえ、そこから生じたポップカルチャーへの関心が、その後のファンコミュニティの形成へと繋がっていったこともまた確かである。

このようなファンダムによる活動への注目も、本書に収められた論文の多くが共有するものだ。当初、主に子供たちへの悪影響という観点から、教育者や親たちによる批判にさらされることの多かった日本アニメを擁護するべく、この新たな文化の美的な価値や社会的な意義を主張していったファンの活動は、本書の関心において欠かすことができない。一方、これらのファンによる言説がしばしば不正確な認識や偏った歴史観を生み出してきたことも指摘されている[12]。編者自身もまた、本書の結論となるテクストのなかで、ヘンリー・ジェンキンズによる一連の研究[13]に言及しながらこの観点の重要性を強調したうえで、ときに不和や対立にも発展しかねないファンダム内部の多様性にも目を向けるべきだと指摘している[14]。日本でも、ポップカルチャー研究におけるファンコミュニティの重要性はますます強く認識されるようになっており、本書の記述は、このような観点からの国際的な比較の材料としても有意義なものとなるだろう。

「クールジャパン」の標語のもと、日本のマンガやアニメといったポップカルチャーを国家的な戦略として推し出す動きが活発になって久しい。しかし、本書の議論を通して感じるのは、海外における日本アニメのブームといった現象が、様々な条件を背景として成立した極めて歴史的な出来事だったのではないか、ということだ。1978年に「ゴルドラック」というタイトルで放送された「UFOロボ グレンダイザー」のヒットをきっかけとする第一次アニメブームの後も、しばらくの間は、主にヨーロッパ側のテレビ局などが日本アニメを求める、いわば「プル戦略」の時期が続いた。日本のアニメ業界の側も作品の国際展開に力を入れるようになり、「プッシュ戦略」が前面化するのは、90年代以降だという[15]。いずれにせよ、アニメブームのような文化的現象を国家や企業が意図的に引き起こすのは、容易ではないはずだ。果たして、「文化」なる厄介な領域を戦略化する方法はあるのだろうか。まずは歴史を理解し、その困難を認識するところから始めるべきかもしれない。

一方、そのような「戦略」の成果か否かはさておき、70年代終わり以降のアニメブームがフランスにもたらした日本のポップカルチャーへの関心は、今もなお新たな展開を生み出し続けている。本書もその一つだが、他にも、編者のマリー・プリュヴォ=ドゥラスプルが2021年にフランスで出版した『日本アニメの源流 東映動画(1956-1972)』[16]のような日本アニメそのものに関する研究も重要だ。博士論文に基づく研究書で、大川博が社長を務めた時期の東映動画における経営と制作、技術の歴史を描き出している。2020年刊行の木村智哉『東映動画史論 経営と創造の底流』[17]とあわせて、日本のアニメ研究においても参照されるべき文献である。また、より実践的な事例としては、2019年に公開され日本でも話題となった実写映画『シティーハンターTHE MOVIE 史上最香のミッション』や、フランスで2021年、日本でも2022年に公開された谷口ジロー原作のアニメ映画『神々の山嶺』といった、日本のポップカルチャーに基づく作品の制作が挙げられるだろう。その背景には当然、フランスにおける日本のアニメ・マンガ受容の長い積み重ねがある。

このような動きを見れば、今や事態が日本のポップカルチャーのフランスでの受容という一方的な現象に留まらないことは明らかだ。実際に、例えば谷口ジローのようなマンガ家は、フランスを中心とする国際的な評価を経由することで、いわば日本国内でもその価値を「再発見」されてきたようなところがある。本書が描き出している歴史は、双方向的に影響しあい、互いに変容していく現代のポップカルチャーのダイナミズムを捉えるための基礎にもなるだろう。日本においても、これらのポップカルチャーの海外での展開や、逆に海外からのコミックスやバンドデシネ、アニメや映像といった大衆的な文化の受容の歴史を研究し、体系的に整理していく必要があるはずだ。本書を通して遠くフランスから投げられたボールは、再び投げ返されなければならない。

Notes

  1. [3]

    Marie Pruvost-Delaspre (dir.), L’Animation japonaise en France : réception, diffusion, réappropriations, Paris, L’Harmattan, 2016. 以下、本書の参照は論文著者名とタイトル、ページ数を記す。

  2. [5]

    Julien Bouvard, « Préface », p. 19.

  3. [6]

    Jérémie Derhi, « Éléments d’analyse culturels d’une marque audiovisuelle en France : le cas de la franchise Naruto », p. 77-98.

  4. [7]

    Mathieu Anderson, « Le cinéma d’animation japonais en France : l’évolution d’un regard, de Akira (1991) à Paprika (2006) », p. 175-200.

  5. [8]

    Marie Pruvost-Delaspre, « Au nom des fans : l’animation japonaise sur les chaînes de télévision françaises », p. 141-157.

  6. [9]

    Marco Pellitteri, « Le boom des anime en Italie, 1978-1984 : L’exceptionnel succès de l’animation japonaise en Italie et les parallèles avec la France », p. 59-76.

  7. [10]

    Mathieu Anderson, art. cit., p. 192.

  8. [11]

    例えば、Julien Bouvard, art. cit., p. 17、Mathieu Gaulène, « Une découverte de la culture populaire japonaise sans mode d’emploi : l’arrivée en France des dessins animés de la Tôei », p. 55、Marco Pellitteri, art. cit., p. 70を参照。

  9. [12]

    Julien Bouvard, art. cit., p. 18.

  10. [13]

    2021年に邦訳が出たヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー ファンとメディアがつくる参加型文化』(渡部宏樹・北村紗衣・阿部康人訳、晶文社、2021年)を中心に、ジェンキンズの研究は近年日本でも注目を集めている。

  11. [14]

    Marie Pruvost-Delaspre, « Conclusion », p. 210-212.

  12. [15]

    Marco Pellitteri, art. cit., p. 61.

  13. [16]

    Marie Pruvost-Delaspre, Aux sources de L’animation japonaise : le studio Tôei Dôga (1956-1972), Presses Universitaires de Rennes, Rennes, 2021.

  14. [17]

    木村智哉『東映動画史論 経営と創造の底流』日本評論社、2020年。

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陰山 涼「もう一つのアニメ大国?——マリー・プリュヴォ゠ドゥラスプル編『フランスにおける日本アニメ 受容・普及・再活用』書評」 『Résonances』第13号、2022年、34-37ページ、URL : https://resonances.jp/13/lanimation-japonaise-en-france/。(2022年11月30日閲覧)

執筆者

所属:超域文化科学専攻博士課程(表象文化論、2021– )
留学・在学研究歴: